夏休みか。 どっかいくの? うん わたしはいつものインナーワールドへ・・・
外国へ行って、なんだか 歩いて 食べて 宿を探して 眠って の日常に慣れてくると、 朝 目をさました瞬間自分がどこにいるのかわからないような、 別に自分のうちのベッドで目を覚ました時となにもかわらないような気持ちになります。 そんな時、窓の外から聞こえてくる声が日本語でないことに、 ああ 遠くに来てたんだったっけ と寂しいような嬉しいような、一夜の宿とはいえ自分の部屋の中だからか、 妙に安心するような気分になります。
パリのお友達の家にいて、何日も何日も 観光もせず、友達とは普通に日本語で話していて すっかり油断しているときにも、 窓から聞こえる カーステレオの音楽、小さく聞こえるテレビやラジオの音、 窓の外を行きかう人たちの会話が、全部フランス語で わたしにはわからない言葉であることに、 そうだよ、すっごく遠いところに 外国にきているんだよ と改めて思ったり。
それがですね、さいきん わたくしの隠れ家 この下町でも、 そんな外国の朝や 外国の夜 の ふと自分がどこにいるのか、 寂しいような嬉しいような妙に安心したような、 そんな気分がちょくちょく味わえるのです。
蒸し暑い深夜、少しあけた窓から、ご機嫌に酔っ払ったような楽しげな会話が聞こえてきます。 なんだか変な気持ち。 これが英語なんだよね。
朝方、うとうとと目覚めたような半分まだ眠っているような耳に、 賑やかな 中国語やアフリカの言葉が聞こえてきて、 まるで外国の街中の安宿に止まっているような気持ち。 でも自分の部屋なの。 みんな夜のお仕事 食べ物やさんかな を終えて帰るところなのかしら。
英語は近所のボブのところにしょちゅうトモダチがきて、 玄関ポーチで長々おしゃべりをしているせいで、 アメリカ中西部の田舎町にいるような気持ちになれます。
声だけですが。 暑くなって窓をあける生活になってからは小さなトリップをいくつも重ねています。
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