痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2006年10月09日(月)  騙されてみた

昼間、ちょっとイベント会場のようなところに行ってみた。
そこにファストフードの屋台がいくつかあって、その中のホットドックの屋台の看板に心ひかれた。
「いままでソーセージは美味しくないと思っていた方に、騙されたと思ってぜひ食べてもらいたい!」
なんでもフランスの食品コンテスト (モンドセレクションのようなものか?)
で、3年連続で賞をとったらしい。
わたくしはソーセージは美味しいと思って生きてきたが、そこまでいうなら、と食べてみた。
しかし、そこはホットドックの屋台なのであった。
ソーセージは、まあ確かにスーパーのパックのよりも味わい深かったかもしれない。
しかし、パンに大きな問題があった。
まあまあ旨いと思えるソーセージを挟んであったパンは、その昔の給食のコッペパンのようであった。
変に、ほの甘くもあった。
しかも鉄板に少しのせただけで、生ぬるであった。
ケチャップもマスタードもコンビニでアメリカンドックを買うとついてくるメーカーのと一緒だった。
つまりホットドックとしては旨くなかった。
そこで、看板に怒りを覚えた。
ここはホットドック屋なのに、看板には
「いままでホットドックは美味しくないと思っていた方に、騙されたと思ってぜひ食べてもらいたい!」
とは書いていないのだ。
なぜだ!?
ソーセージとパンと調味料と焼き具合 があわさってホットドッグではないのか。
看板でソーセージだけを限定してお奨めしてなんの意味がある。
完成品に対する責任を放棄しているのではないか。
騙された。


しばらくムカムカと腹を立てていたが、特にパンの不味さをつらつらと思い返しているうちに、
小・中学校あわせて9年間も給食で不味いパンを食わせ続けた地元の製パン工場が
廃業したことを思い出し、すこしスッとした。
今思い返しても、ものすごく不味いパンであった。
わたくしは牛乳が飲めないので、ボソボソのパンが飲みこめず、
いつも半分以上、机に隠し家に持ち帰り捨てていた。
小売りもしていたが、あの時代でも地元では不味いと有名で誰も家庭用に買いに行かなかった。
近在のかなりの数の小・中学校にパンをおろしていて、社長一家は羽振りがよく威張っていた。
あれから、子供の数も減り、各学校で独自に給食をつくることもなくなり、
一括で給食センターからの配給になって、パンの入札ももっと大きなパン会社に取られたのだろう。
地元の政治家も代替わりして勢力図も変わり、癒着にも時効があったのだろう。
あんなに威張っていた社長の息子も跡を継がなかったようだ。
長い時間がかかったが、わたくしの9年もの長い間の昼ご飯の楽しみを奪った
いいかげんなものを作っていた企業は、
時代とともに消えた。

わたくしを騙したホットドッグ屋よ。
今はわたくしの小・中学校の頃とは、違う。
あの頃はお金のない消費者は黙ってでてきたものを受け取った。
あまねく皆と同じものなら、文句は言わなかった。
しかしホットドッグ屋よ。
本当に、自らのソーセージに自信と誇りがあるのならば、焼いたソーセージを売ればいいではないか。
それでは食事にならない、単価が低い、というならば、このソーセージで旨いホットドッグを作ろう、
と思えないのか。

食べものではないが、同じくものを作る家に生まれたものとして、
高度成長期→バブル→崩壊後→現在 と、なんとか綱渡りのように生き残ってきた中、
よそよりもいいものを作る、しかもう道はないのだと思うぞ。


イベントのメインだったクラフト展について書けなかったので、また次回。
ざまあみろ ○野製パン!


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