父の日と amiの命日がガチンコですよ。 やっぱり年月は重ねるものですね。 一生誰にも言うまい、と当時は思ったことももう書いちゃいますよ。
7年前は父の日どころではありませんでした。 ami が死んじゃったからです。 ずっと意識もなかったし、その日が来た時は、やっと というか、 理性としてはもうベッドに縛り付けられずに、自由なステージ(鸚鵡みたいですね)に行けたんだなあ、 とは思っていたけれど、 とにかくその後の私は不機嫌だったわけです。 怒りでいっぱいだったのです。 大事なものを理不尽にも奪われて、不在を埋めるあてもない。 世界の誰にもこの気持ちを話したくないし、でも当然わかってほしい。 とくに家族には。 そんなわけで、私は家では涙をみせず、仏頂面で、 「うん」 「ちがう」 の二言だけでしばらく生きていたわけです。 それで、我が母親というひとはこういう時に、激しく神経を逆撫でする存在なのです。 基本的に愛情ゆえなんだけど、理解するためには質問するしかないひとなのです。 だからアレコレアレコレ毎日心配しては、いろんなことを聞いてくる。 amiの病気や家族のこととか、 私の気持ちや体調、 法事の日程や場所、 etc… そのたびに、 「うん」 「ちがう」 「しらない」もあったな。 私とamiとは十年以上もマンツーマンで公私べったりでしたので、母も質問のネタはつきないのです。 そうして葬儀も終わって、今度はどこにも出かける当てもなくなりボーっと暮らしていたある日、 昼ご飯のあと、口をきかずに居間でテレビを眺めるふりをしていた私に、 (そう、私室に閉じこもっていると思われるのもいやだったのです) それまで遠巻きになにも言わなかった父が、
「無二の親友をなくしちゃったんだもんな。かわいそうに。」
と呟いたのです。 それで私はその夜、ベッドで足をバタバタさせて 「いやだー いやだー。」 と、大泣きに泣きました。 世界中の誰にも言われたくなくて、でも当然そうだと思っていて欲しかったことばをくれたのは父でした。
しかし父の日には子供の頃からなにをあげても不発なので、今年もなにも思いつきません。 本当は犬をあげたいのですが、母が…
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