アルキメデスだかピタゴラスだかしらんが、 ひとは誰でも風呂の中で発見をする。 理由はかんたん、風呂の中では 思索する 以外することがないのだ。
本日のユリイカは、まめは素晴らしい ということであります。
このところいい陽気ですねぇ。 はりきっておニューのサンダルをおろしてお出かけしたのは、まるで初夏のような休日でした。 かわいい、女らしい と誉められ、遺伝子が燃えているのがみえると、 つまり、結婚→出産のそろそろ最後のチャンスに細胞がそのサンダルを選ばせたのだと、 女友達に余計なお世話な誉め言葉をもらい、 半日出歩いたあげく、両足に盛大に まめ をつくったわけです。 痛かった。もう歩きたくないと泣き言を言いたかった。 しかし女のプライドがそれを許さなかった。 家に帰って 正直ズル向けの靴擦れを覚悟していましたが幸い まめ は破れず 足を冷たいお水にひたしました。 ちょっとバレリーナになった気持ち。
翌日は少し痛かったのですが、はきなれたスニーカーをはいているうちにそれも忘れ、 なんと夜には まめ は無くなっていたのです。 少し表皮がブヨンとなっていましたが、あんなに腫れていたのにほぼ平らにもどっていたのです!
そして今日 風呂の中で改めて まめ の素晴らしさが本当の意味でわかったのです。 まめ はなぜ膨れるのか?まめ を潰すと水がでてくる。 そう、中に入っているのは細胞からにじみでた水です。 それは天然のクッションなのです。 かたい皮にすられて痛むところに身体は自然にクッションをつくって少しでも和らげようとするのです。 そしてそして、もう当たるものがなくなり、クッション不要と判断すると、 水は自動的に身体のなかに、たぶん細胞に再び吸収されるのです。
素晴らしいシステム。 頼んでもいないのに自然におもんぱかってそういうふうに動いてくれる我が細胞よ。
このことに風呂の中で気づいたとき、不覚にも涙がでそうになってしまいました。 ありがとう、まめ。
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