街を歩いていて、一人歩きのひとは大抵、地面や自分のつま先、または店のウィンドゥや看板、はたまた数m先の虚空を見つめています。 他人の服装や後頭部を眺めるひとも多いでしょう。
でも他人の顔を見ながら歩くひとはあんまりいない。
だって目があわないもんね。
無意識にあわさないようにしているんだと思うのです。 そういうところ、動物 猫やらとかわらないかんじ。
それからひとの顔をジロジロ見るのはすっごく失礼だ、という意識。 日本では強いです。外国でも地域によるかな、場所によっては見たいものは通りすぎても首を後に回してでもみる人達と、顔はみないようにしているなと感じる人達がいる。 日本だと目があってしまったらまず、さりげなく目をそらすのが礼儀ですが、目があったらとりあえずニッコリする国もある。
で、それをいいことにわたしは結構ひとの顔をジロジロみている。 やっぱり一番興味があるんだもん。 ただすれ違っただけの、自分の長いような人生のなかでまったくどこにも係わりのない人達。 幸せでも不幸でも、いなくなっても全然じぶんには無問題な人達。
おいおい、ずいぶんな眉毛ですね、 不思議な額の生え際ですね、ご両親のどちらから受け継がれたんですか、 あなたの祖先は間違い無く、太平洋南方面から小船にのってきたんでしょうねえ
とか、まあ顔の造作を見ていることが多いです。いくつ見てもやっぱり同じ顔はふたつとないんだよね。 というのは、道を歩いているひとはほとんど無表情だから。
でもたまにはっきり喜怒哀楽を顔にだして歩いているひとがいるともう釘付けです。想像がふくらむふくらむ。 特に笑っているひと。 泣いたり怒ったりしているひとをみても、そうそう人生そんなことあるのよね、あったのねあなたも、で大体スルーです。 お金を落としたのかな、くらいしか具体的に思いつかない。 でも、もともと顔が笑っているように見えるひとではなくて、酔っ払っているわけでもなくて、一人で歩いていて笑っているひと を見るのは面白いです。 面白くて嬉しくなる。 今日みたゲジゲジ眉毛の27、8くらいの男性がひとり携帯を眺めながらニコニコしていただけでも、楽しい。
嬉しいメールだったんだね、ま 女の子からじゃなさそうだね、仲良しかバイト仲間(フリーターチックだった)からの馬鹿メールかな、いがったね〜
と、おばさんを通り越しておばあさんな気持ちになりまする。 あんたはわたしにゃなんの係わりもないけれど、これからも楽しく笑顔で暮らしなさいよ、むにゃむにゃ な気持ちになりまする。
そんなわけで、音楽とか表現とか考え込ませたり驚かせたりいろいろあるようですが、わたしは見た聞いたひとが、単純に笑ってくれるのが好きです。 自分のため。自分が楽しくなれるから。 昔は爆笑してくれたら、とだいそれたことを考えたこともありましたが、爆笑の神様は思惑や計算の外にある、もしくは最高度の計算と的の先にある、と悟り あは、ニッコリ路線を貫いてみよう クスでもよし、 と思っています。
明日はは昼間からライブでござりまする。 お客さんの顔ばかりみている演者ってどうなんだ、と言われつつもやっぱり見ちゃうと思います。
きてね。
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