渡るひとが多いのに、青の時間が短くて、赤待ちの時間がたいへん長い信号の横断歩道がありまして、その先が非常に交通量の多いT字路なので、その混雑緩和のためにそういう信号の間隔なんだと思うんだけど、どうなのよ。 で、この辺りは老人率の高い地域なので、よくこの横断歩道で途方にくれているじいちゃんばあちゃんを見かけるのです。
今日、渡れなかったのは、ばあちゃんで、途方にくれていたのは じいちゃんでした。 二人は連れ合いなの。で、ばあちゃんは足が悪いの。じいちゃんは、信号が赤になる前に、ギリギリ渡りきったみたいなんだけど、ばあちゃんは対岸に取り残さちゃった。
(長いんだよな、これが。) とわたしが歩道に立っていますと、ばあちゃんが、 「すみませんが、わたしを向こうまで渡らせてください。」 と話しかけてきました。 「わたし足が悪いんです。」 「もちろん、いいですよ。この信号長いんですよね。」 「長いですよね〜。あのね、これからセンターに遊びにいくの。お泊りするの。」 (ああ、○○地域センターの高齢者サービスだな。) 「いいねえ、お泊まりは楽しいですよね。」 「そうなの、お風呂にはいってね〜。」 「お友達も一緒なの?」 「あのね、おじいちゃんが先に渡っちゃってね。」 (ん?あ、向こう岸にいるじいちゃんだな。)
と、突然ばあちゃんは手を繋いできました。 (まだ、信号は赤なのに。この信号はすぐ変わっちゃうから心配なんだな。しかし長い。長すぎる。あ、じいちゃんがバツの悪そうな顔でこっちをみている。本当はばあちゃんが転ばないかと心配で先に行ったりできないのに、そんな習慣がなかったから恥ずかしくて人前で労わったり、手を繋いだりできなかったんだな。それにしても長い信号だ。許せん。シワシワだけどあったかくてスベスベの手だなあ。自分のばあちゃんの手なんか弟の結婚式以来繋いだことないなあ。おお、やっと青だ。)
この間ばあちゃんは、センターのお風呂のことなどを小鳥のようにピチュピチュと誰にともなく話していました。 渋々停まったような車(ここの信号にひっかかるとその先のT字路での左折がますます遅れるから)をじっくり睨みながら ばあちゃんとわたしは女王さまと御付の人のようにゆっくり横断歩道を渡りました。
とにかく長い、そのあいだ他人の手をしっかり握っている自分の連れ合いを見ていなければならなかったじいちゃんは、もう恐縮の極みのはてに半分怒ったふうになっていて、ぼそぼそと、 「お手数かけてすみません・・・」 とわたしに謝って、 (ここでありがとうと言えるようならばあちゃんの手も繋いであげれるんだろうになあ。) 「いくぞ。」 と又、ばあちゃんの半歩先を歩いていってしまいました。
自分のことしか考えていないなあ、と改めて思いしらされたのは、わーいわーいと浮かれていた9月の旅行中に、甥っ子が生まれるということをすっかり忘れていたことに昨日気付いたからです。 うちの初孫なのに。わたしの初甥なのに。あんなにみんな楽しみに待ってる世界の新人なのに。 出産前後に叔母がいてもなんの役にもたたないのはわかっているけど、病院の新生児室に、まだ名前のない真っ赤な猿のような甥を見にいきたかったな。 もちろん旅行はいくし、赤ん坊は帰ったら速攻みにいく。 ただ、まったく忘れていたことが我ながらショックだったのです。 ダメだなあ。キョロキョロ遠くの楽しいそうなことばかり見まわしていて、いつも足元のことを忘れている。
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