痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2003年01月06日(月) 大きさ

ヘビーローテーションスモーカーにとって、すぐに手元にライターが見当たらない、というのはとにかくイラタダシイことであります。とくに飲んで帰った翌朝、あんなに部屋中にゴロゴロしていたライターが一つもみつからない、かばんにもポケットにもない、なぜだ!昨日キオスクで新しいのを買ったではないか!
もう!畜生!とガスコンロに口をひっつけやっと点したタバコのまずいことはいうまでもありません。

しかしここ数ヶ月そんなこともなくなりました。自分の思いつきを誉めてやりたい。
ライターは微妙に小さい。なにかの影にかくれていたり、隙間に入り込むと簡単にはみつけられない程度の大きさです。
それで、わたしは100円shopでデカライターを3個買ってきました。通常のライターの倍の長さ。これをデスクと寛ぎスペースに1個づつ配備。予備の1個は同じくいつもライターを探してる仲間のEちゃんにあげました。

なくなりません。その存在感。あ〜 おしゃれには程遠いですが、その信頼感。そこにあるはずであるところをめざせばそこにある。
それにいつまでたってもガスが減らない。まあお得ねえ。

でもいいことばかりじゃないのよ。
タバコの美味しさなんてものは、ああこの味!うまあい、というのは10本に1本か、ヘビーになれば20本に1本、そんなもんなのです。たいていは、パックからとりだして、火をつけて、吸いこんで、フー うま・・・ そんな程度で二口目からはもうどうでもいいのです。
大事なのは、思い立ったときこの3つの動作がスムーズにいくことなのです。
それはリズム。生活のなかの一息だと自分で信じているフーまで、なにか考えたり煩わしいことがあったりしては うま・・・ にならないのです。そんなもんなのです。タバコなんて。だから習慣性の中毒になっちまうのでしょう。

でもそれだけじゃなかったみたい。デカライターを導入してからは、スムーズという点でイライラさせられることはほとんどなくなったのだけれど、どうもフーが以前ほど美味しくない。ぼんやりと、なにか違和感があるんだよなあ、と思っていたのですが、今日たぶんそういうことだろうという見当がつきました。
デカライターは大きすぎるのです。しっかりと握ってそれでも手にあまる大きさなのです。なんというか、普通のライターは手に収まる大きさ、つい玩んでしまう大きさ、ゆえになくしやすいのですが、あの大きさと手にすっぽり収まる感が、今までのフーへの道の一端を形作っていたのでしょう。スムーズは、リズムやタイム感だけでなく、道具のもつ抵抗感の大きさもかかわってたみたいなんです。
簡単にいうと、デカライターはタバコに火をつけるにはちょっともてあます大きさ、その動作に道具としてそぐわない馬鹿みたいな大きさ、持ちばかりしすぎて意識的すぎる、タバコ吸うのに手に邪魔なかんじ、ってわけなのです。

でも、なくならないしな、頼り甲斐のある奴だし。
そういうわけで、部屋にはなくならないデカライター2個と入ったり出たりのはげしい普通のライターがゴロゴロと何個あるのか分からない状態なのです。

今年もよろしくお願いします。


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