自分の才能をお金にかえる機会をのがしてしまったなあ、と思うのはこういうとき。 得意と不得意とあれば、わたしは表現することはあんまり得意ではないのです。普通よりはうまいよ。でも群をを抜いているか、というとそこまでは言えない。でも、だからこそシツコクいつまでも、ああでもないこうでもないやり続けているのかもです。 むしろ得意なのは、企画構成。ラジオとかテレビとか雑誌の編集になれば、いまの数倍お金を稼いでいたのでは、と思います。
みんな、いろいろ得意種目があって、バンマスは作曲・アレンジ・メンバー編成いろいろ絶対自分にはできないことを易々と、実際は生みの苦しみでのたうっているとはいえ、続けているようにみえる。Eちゃんは、MC進行をまるでベテラン結婚式司会者のように、はったり効かせて語ることができる。ミュージシャンは当然、その楽器のプロなのですから、専門家への敬意の最大の対象です。 わたしはメインボーカルですが、メインってなんだろうか・・・ 主旋律を歌う。バンドの真ん中にいて、常にお客から目をそらさない。あとは、歌うまい。でもうまい歌手はいっぱいいる。なによりそのバンドのカラーを醸し出す。 でもカラー?ってなに?意識して醸し出すもの?違うよねえ。
迷ったり、先がみえなかったり、くだらないとはいえ、貧乏くじをひいているように感じたりして、やめよう、と思うことはなんどもあります。特定のバンドに限らずね。 でも、やめてなにをする?自分でバンドを組むのか?そんなことしたいわけではない。自分はただ、歌ったり踊ったりしたいだけであります。正直好みはあってもジャンルなんかどうでもいいの。なんの歌だって好きだ。自分には世の中には、いい歌とあまりピンとこない歌と二つしかないのです。 わたしは声をだしただけで、ひとの心をわしづかむような歌い手ではないのはようく分かっております。だったら、歌える機会を減らして一瞬楽になってもかわりにやりたいことを掴めるだろうか? でも、これは保険をかけているだけなんだろうか? 迷うけど、決定的ななにかもないのに、確信もなく、ただ、やってくる変化を期待して環境をかえるなんてのは、少女時代に散々やってきたことの繰り返しではないのだろうか。
結論でず。しかし別に年の区切りを人生の節目にしなくたっていいと、昨日やたらと力説していたみたいですし、やっぱり、歌ったらものすごく楽しかったので、まだ歌います。
打ち合わせにいったらね、ちょっと遅れていったのだけれど、なんにも決まってないの。曲順も、ショーの全体構成も。メインをどうするか、さえも。 わたしからみれば、何通りだって、考えられるし、でっちあげでもショータイトルだって何パターンも考えられる。ベストオブベスト、唯一の選択にこだわらなければ、(だってそんなもん生なんだからやってみなければわからない)ベターの中から現時点でモストベターを選べばいい。メインは、考えつくなかで、一番劇的に演出できれば、全体の中での意味なんか考えなくたっていいのに。
MCだって、うまく次につづけることばかりに捕らわれなければ、どんなに飛躍したっていいんだから、うんうん唸らなくたっていくらでも語れると思うんだけどな。 いつもMCの脚本でわたしが苦しむのは、ぴったりくる言いまわし、その場その場の印象的な決め台詞だけだし。それさえも、語る役者が決まってるから、最後にはなにか考え付く。たいていは計算通りに受けるしね。 反省点は嫉妬心。わたしが全部考えてEちゃんが語る。ウケル。Eちゃんがウケてるようにみえる。なんか悔しい。ゆえに余計な一言を突発で付け加えてしまったりする。大抵は蛇足。 煩悩の中で一番捨てきれないのは嫉妬ではないでしょうか。はふ〜。
そんなわけで、わたしが打ち合わせにかなり遅れて到着して、まだなにも決まってないと聞きまして、一瞬不機嫌、 「本当に考えてるのかなあ、楽してるんじゃないのかなあ」 と、さあさあアイデアを出してくれの要求にしばし黙り込みましたが、ムゥっとしつつも 当然メインはこれで、ベターなショー構成はこうでしょう、とスラスラ浮かんくるので、そうか、わたしは得意だけど、ほかのひとは不得意なんだな、とあらためて分かったのです。 そうして、アイデアを口に出してみると、そうか、それだ!それは考え付かなかった!と喜んで決まっていくので、 なんだかなあ、お人よしなのかなあ と思いつつ、まだまだ自分は必要なんだなあ、なんといってもこうして考えるのもやっぱり実は好きだなあ、なんて境界線が有耶無耶になっていくのを感じたのでした。
これがテレビ番組だったら、クレジットがはいるところなんだよね。 たまにはお手柄一人占めだ。こんなところで吠えてみます。
タブーショー 構成・演出・脚本:itch
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