彩紀の戯言
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僕は忘れていた。 この地方は12月に雪が降ることがあるということを。 滅多に降らないのに、降るときは僕をいつも驚かせる。
子供の頃、なぜあんなに嬉しかったのだろう? 積もった雪が宝物に見えていたあの頃も、僕はなぜ自分がココにいるのか?という、 答えが出ない疑問をずっと抱えていたような気がする。
あれから20年以上が経った。 自分の存在意義が見いだせないまま大人になった僕にも変化があったようで 雪はもう宝物には見えなくなっていた。
槍が降ってくるならグサグサと刺さるよう僕は両手を広げて受け止めただろう。 でも、真綿のような雪は物理的衝撃もなく僕を責める。 しんしんと音もなく落ちてくる雪を見なくて済んだことは不幸中の幸いだったのかもしれない。
帰宅して僕が目にしたものはただの白い塊で、なぜだかその塊がとても憎たらしいものに見え、 とっとと消えて無くなって欲しい、そう思えて仕方がなかった。
いつもは、寒いから、面倒だから、とぜったいにやらない雪かきに取り組んだのは 車が入らないからという正当な理由ではなく、一心不乱に何かをしたかったから、だと思う。
雪の塊を煩悩に見立て、ひたすら消そうとした。 側溝の上に置かれた格子状の金属板の上に煩悩の塊を置く。 それを足で踏みつけて落とす。それは汚いものを蹴り散らす勢いに感じなくもなく…。
側溝に雪解け水は絶え間なく流れてくるのに、煩悩雪はいっこうに溶けようとしない。 雪に埋もれたこの街はそんなにも寒いのだろうか? 液体として流れてくるのだからそれなりの温度だろうに…。 自分の煩悩が消せない理由を科学の知識に頼ろうするも、 体がほかほかとしてくることに反比例して、下がってくる気温のことなど体感できるはずもなく、 ただ、水は0度以上なのに、どうして雪が溶けないんだろう?そればかりを考えていた。
それでも僕はその作業をひたすら続けた。 何かが救われるわけでもないのに、ただただ体力の続く限り…。
ただでさえ静かな街にシャベルの音がこだました。 雪がすべての音を消していたが為に、僕の罪悪感の音が鳴り響き、 その音が僕を責めていたようにに感じたけれども手を止めることができなかった。
2時間が経ったその時、僕は煩悩の量に負けを認めた。 108回以上はシャベルを動かしただろうけれど、それは無くなっておらず、 場所を移動させることが出来ればまだしも、半分は残っていた。
これが僕の「今年」なんだろう…。 2時間を無心に近い状態で過ごせただけでもよかった、と思うことにした。 今年中にあの煩悩雪が消えてくれれば…僕はほんの少しだけでも救われる。
こんな僕でも新たな気持ちで新年を迎えたいと思うらしい。
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