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その晩、もうビールは5缶目に入っていた。
「俺は絶対にこんな法律の改正は認めない。
こんなの国会に出してなんて説明するんだ!
そういう役人的な発想はもうやめろ」
ほかでもない「役人」同士がそんな会話をしている
のがシニカルで、僕はもう完全にそのやり取りに
耳を奪われていた。
それでもなお部下は理屈を盾に食い下がろうとした。
「絶対にだめだ!俺の首をかけても通さない」
そして、押し黙った部下に対して、笑顔でこう言った。
「君らも上司がここまで言えば安心だろ?」
****************************************************** 7月、省庁は人事異動の季節。
新しい上司は同じ局の中でも有名な「うるさ型」の人だった。
確かに声は大きかった。
毎日、夜6時半を過ぎると大きな声で一言。
「誰かビール持ってきてくれ」。
部下の上げてきた仕事に不備があれば
一気に自分の意見をまくし立て「はい、やりなおし」。
その姿を見て、彼の異動してきた初日、
僕はどうしたものかと途方にくれていた。
けれど、仕事は待ってくれない。
自分でやるだけやって、同僚と一緒に上司の席へ行く。
いつものようにすごい勢いでまくし立ててくる。
周囲は皆しんとする。知識だって敵わない。
けれど、自分のやってきた仕事だ。
自分なりの考えもある。
それを筋道を立てて、話す。
負けないように、いつもよりは多少大きな声で。
すると、こちらの目を見て、耳を傾けてくれる。
「それはそうだ。そういう考えもあるな。」
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ある日、いつものように上司の席の前で、
喧々諤々の話をしているとき、
彼の座る席の後ろの壁に写真が飾られているのが
目に留まった。
コドモ4人と、相好を崩した一人のお父さんが
納まった1枚のセピア色の写真。
「あの人は4人のコドモがいるんだよ」、以前、
誰かがそう言っていた。
目線を戻し、再び彼と向き合った。
どんなに厳しい話をしていても、
どんなにがなりたていても
目の奥の優しさは隠せていなかった。
ちょっと不器用なだけなのだろう。
知識もあって、頭の回転も速く、そして弁が立つ。
判断は決してぶれずに、広い視野で物事を決断する。
自分が認めたら、部下の意見を採用し、
確実に仕事を進め、責任は自分で取る。
いろいろ言われてはいるけれど、彼を慕う部下も多い
のだと後で知った。
僕は社会人になってからたくさんの人を見てきたけれど、
叶うならまた一緒に仕事をしたいと心から思えた上司は
これまで2人だけだった。
今の職場は、とんでもなくきついところではあるけれど、
そこで3人目の人に出会えたのかどうか、
それは、この出向を終えるときにわかるのだと思う。
******************************************************** 「辛かったことは、
忘れてしまうものだから、良いことしか残らないから、
だからあまり以前のことをうらやんでも仕方ないよね」
昔はよかっただなんて、言いたくはないのに、
無意識のうちについそんなことを口にしたときに、
ある人にそう言われて、少し責められたような気がした。
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以前から手元で記している日記が、新しいノートに変わった。
たぶんきっといろんなことが変わる節目なのだろうし、
変えていかなくちゃいけないのだろう、と信じている。
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