エンターテイメント日誌

2004年04月29日(木) 宮部みゆきが大林宣彦と組んだ<理由>

4/29にWOWOWで遂に宮部みゆき原作、大林宣彦監督による「理由」が放送された。今年の秋以降、劇場公開の予定もあるという。堂々上映時間2時間40分の大作であり、すこぶる見応えのある傑作であった。評価はA+。ちなみに大林監督の「はるか、ノスタルジイ」(1992年)はまずWOWOWで短縮版が放送され、その翌年に完全版が劇場公開されるという経緯をたどった。両者がタッグを組むのはそれ以来2度目である。

「理由」については1/10の日誌でも詳しく語ったが直木賞受賞作ではあるものの、ルポルタージュ風の作風が宮部作品の中では異質で僕には馴染めなかったし、ザラザラとした読後感で後味悪い印象を覚えた。大林監督はその文体をそのまま映画に引用して、一見ドキュメンタリー風の撮り方をしながら、登場人物が100人以上という主役のいない群像劇としての饒舌な台詞、人と人のせめぎ合いの中から現代の日本社会の様相を照射し、家族とは何か、日本人は経済的な豊かさの代償として一体何を失ったのかを鋭く問いかける。そしてそれまで互いに無関係であったのに、殺人事件を核として否応なく結びつけられてしまった人々の哀しみ、呻吟が映画の行間から滲み出す。登場人物はフィルムで撮影し、時折唐突に挿入される日本の風景はDV(デジタル・ヴィデオ)を用いるという手法を用いた映像表現が圧倒的であり、これは原作を超えた希にみる作品として後生まで語り継がれることだろう。兎に角凄いのが物語りの進行も、登場人物の台詞も原作そのまま。僕の記憶に間違いなければ省略された人物やエピソードは皆無ではなかろうか。桁外れな情報量である。これを凡庸な監督が撮ったら4時間も5時間も掛かるところを、テンポの良い台詞回しと、たたみ掛けるようなカット割りで纏めあげた力業には恐れ入った。

大林監督の劇場映画第一作「ハウス HOUSE」(1977年) に出演した南田洋子を筆頭に松田(旧姓:熊谷)美由紀(「金田一耕助の冒険」)、風吹ジュン(「麗猫伝説」)、小林聡美(「転校生」「廃市」)、高橋かおり(「青春デンデケデケデケ」「あした」)、宝生舞(「あした」「なごり雪」)中江有里(「ふたり」「風の歌が聴きたい」)、伊藤歩(「水の旅人」)、宮崎あおい(「あの、夏の日」)、裕木奈江(「告別」)などかつて大林映画を駆け抜けていったヒロインたちが一斉出演するというのも壮観である。宮部みゆきの原作に完璧に寄り添いながら、と同時に大林監督お得意の美少女映画(現役と、嘗てそうであった女優たちを含む)にもなり得た希有な作品である。そういう意味ではこの「理由」は大林映画の集大成と言えるのかも知れない。

學草太郎(実は大林監督のペン・ネームというのは公然の秘密)と山下康介による映画音楽は「三毛猫ホームズの推理」(1996年)以来これが第9作目の共同作業になるのだが、今回は都会的・狂騒的なジャズ・テイストを盛り込んでこの作品に相応しい雰囲気を醸し出していて素晴らしい。

宮部さんはこの映画の試写を観終えて「こんな風に原作を読んで下さって大林さんには感謝しています。」という旨のことを仰ったという。余りにも原作とかけ離れた森田芳光監督の「模倣犯」が惨憺たる出来だっただけに(宮部さんは森田監督との対談で絶句していた)、それに怒り心頭した宮部ファンの人々もこの大林版「理由」を観れば溜飲を下げるに違いない。原作者にも気に入ってもらえたみたいだから、これを機会に宮部さんと大林監督のコラボレーションが今後も続くことを期待したい。是非映画化が長年の懸案事項である山本周五郎賞受賞作「火車」(崔洋一監督による企画も以前あったのだが)を。それから日本SF大賞を受賞した「蒲生邸事件」も大林監督に相応しいだろうな。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]