エンターテイメント日誌

2002年11月09日(土) 映画「なごり雪」の古里、臼杵へ<本編>

これは、前回の日記からの続きである。

大分県臼杵市は古い町並みの残る、たおやかで鄙びた、心落ち着くところであった。映画では<臼杵駅>として登場した駅ーしかし実際には上臼杵駅なのだがーに到着すると、構内に「なごり雪」ロケ地マップが置かれていた。<映画「なごり雪」を歩こう>と印刷されている。

火祭りの場面が撮影された臼杵石仏を訪ねた後、二王座歴史の道を散策した。昼間から市の職員や市民ボランティアの人々がせっせと夜の竹宵のために竹ぼんぼりの設置をされていた。今年は一万五千本、過去最高の規模になるという。映画でヒロイン雪子の家になった釘宮邸もそこにあった。中年の女性たちが「あ、ここが<雪子の家>だ!」と嬉しそうに声を上げ、「貴男、映画観た?」と聞かれた中年男性が「そりゃあ勿論。臼杵が映画の舞台になっているんだから、観ない訳にはいかないだろう。」と答えている。そこを通り過ぎる子供たちは「なごり雪」の唄を口ずさんでいた。いかにこの映画が臼杵の人たちに愛されているのかを知り、深い感銘を受けた。また、映画が撮影されて一年経つのに、雪子が降らせた発砲スチロールの雪が未だ土の上に残っているのを見つけ、ひそやかなる悦びを感じた。

釘宮邸の坂をさらに登ると、やはり大林宣彦監督が撮った老人性痴呆のCM(製薬会社ファイザーとエーザイの共同製作、現在ニュース・ステーションの枠で放送中)に登場する家も発見した。

小手川商店で食べた味噌汁や、臼杵の郷土料理である黄飯、きらすまめしなど全てが美味しかった。映画の主人公、祐作の実家<みちこ>になったお店ではやはり映画に登場したサイダーを頂いた。なんだか懐かしい味がした。そこには二日連続で訪れたのだが、二日目にはピーナッツとチョコレートのサービスが付いてきた。そのさりげない心遣いが嬉しかった。そのお店で知り合った人が<みちこ>と同じ通りにある、大林監督が新しく借りたばかりという邸宅に案内して下さった。元々ボロボロに朽ち果てた廃家が奇麗に改装され、既に監督愛用のピアノも運び込まれているという。本当に監督はこの街が心底気に入られたのだなぁとの感慨を覚えた。これからまた、何本もの映画がこの美しい日本の古里で撮られていくことだろう。

臼杵の街は午後五時を過ぎると竹ぼんぼりの蝋燭の炎が一斉に灯され、風に揺らぐ。なんとも幻想的、幽玄な雰囲気であった。午後六時、般若姫が神輿に担がれ、雅楽の生演奏に先導され、竹ぼんぼりの仄かな光の中を練り歩く。今年般若姫に選ばれた大林映画の新ヒロイン、須藤温子さんは豪華な着物に身を纏い、まるでお雛さまみたいだった。「凄く可愛い!」「わぁ〜顔が小さいなぁ。」という感歎の溜め息があちらこちらから聞こえた。

映画に登場する<臼杵駅>の外観は上臼杵駅だが、プラットホームの場面は臼杵からさらに各駅停車の列車で一時間ほど旅した重岡駅で撮影が行われた。この駅は無人駅で一日に停車する上りも下り列車もたった五本しかない。だから往復するのは結構大変だっが、なんとか時間を調整して竹宵を見た翌日訪ねた。山間にひっそりとある情緒豊かなプラットホームに立ち「嗚呼、ここで映画の印象的な<六つの駅の別れ>が描かれたんだ。」と感無量であった。

重岡駅から戻り、須藤温子さんが出演する「なごり雪」トークショーを見るため稲葉家下屋敷へ足を向けた。ゲストとして<雪子の家>こと釘宮邸の主、釘宮さんと後藤臼杵市長が参加された。釘宮さんは「もう私の家は釘宮邸ではなく、すっかり<雪子の家>になってしまいました。週末になると映画をご覧になった方が沢山お見えになるんですよ。」とニコニコ嬉しそうに仰しゃる。竹宵の夜には釘宮邸は特設の竹オブジェが設置され、訪れた人々を嫌な顔もせずお宅の中まで入れてあげている光景を僕は目撃している。なんて良い人なんだ。後藤市長は「僕はね、誰よりも沢山映画『なごり雪』を観ているんですよ。もう十数回観ました。」と自慢される。ちなみに須藤さんは五回だそうだ。市長の圧勝である。市長が東京に戻った彼女に、臼杵特産のかぼすを使った<カボネード>を郵送したという微笑ましいエピソードも披露され、和やかな雰囲気のうちにトークショーの幕は閉じた。

トークショーの後ぶらぶらとと商店街を歩いていると、自転車にまたがった後藤市長が市民と談笑している姿を見かけた。なんとも庶民的な市長さんだ。想わずほほ笑みがこぼれ、僕は臼杵の街がいっそう好きになった。

こうして愉しい想い出とともに僕の臼杵の旅は幕を閉じた。映画「なごり雪」と出会えて、本当に幸福だった。

最後に、エンターテイメント日誌の読者へのささやかなプレゼント。今回の旅のアルバムの一部を、貴方だけにこっそりお見せしよう。

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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]