2002年08月14日(水) |
トム・クランシーはトンデモ作家!? <トータル・フィアーズ> |
トム・クランシーの小説、ジャック・ライアン・シリーズはキャストや監督がその都度代わりながら、何作品も映画化されてきた。「レッド・オクトーバーを追え!」「パトリオット・ゲーム」「今、そこにある危機」そして今回の「トータル・フィアーズ」である。こうしてみるとなるほどクランシーは人気作家ではあるのだが、実はこのシリーズは<トンデモ本>の要素を多分に孕んでいるように僕には見受けられるのだ。
「トータル・フィアーズ」の原作「恐怖の総和」に続く小説「日米開戦」では、日本が核ミサイルを極秘に開発し、アメリカに攻撃を開始。自衛隊がアメリカ海軍太平洋艦隊の空母や潜水艦を撃沈、サイパン島・グアム島を占拠するという凄まじいプロットなのである。CIA情報分析官だったライアンはこのとき大統領補佐官に昇進している。続く「合衆国崩壊」で彼は副大統領に任命され、その就任式でライアンが議会議事堂に入場しようとしたその瞬間に日航機が議事堂に突っ込み、大統領や上下院の議員大半が死亡。ライアンはついに大統領にまで上り詰める!!という常人の想像力をはるかに超越した、もう眩暈でクラクラするような話なのである(この小説は昨年アメリカでの同時多発テロを予言したと話題になったのだが・・・)。そして「大戦勃発」では再選されたライアン大統領の新たな敵はシベリアを狙う中国とか。どうです?結構トンデモな展開でしょう?結局クランシーというひとは、反日・反共産思想で頭が凝り固まったガチガチのタカ派作家なのだろう。それにしても今後、ハリウッドは「日米開戦」や「大戦勃発」を映画化する覚悟があるのだろうか?興行面で日本は米国に次ぐ巨大な映画市場であるし、世界一の人口を抱え開放政策が促進しハリウッド映画もどんどん公開されている中国の感情も無視できまい。このシリーズの映画化を続けられるのか大いに見物である。
さて今回の映画「トータル・フィアーズ」である。感想を一言で言うならば「よく出来たホラ話」という印象。1960年代は米ソの冷戦を背景として核戦争の恐怖を描く優れた映画がいくつも生み出された。その代表がキューブリックの「博士の異常な愛情」であり、シドニー・ルメット監督の「未知への飛行(FAIL SAFE)」である。このふたつの桁外れの傑作はあの時代だからこそ身の竦むような戦慄、真に迫るリアリティがあったのであり、それをこの21世紀の現代でなぞってみたところで、なんの切迫感も伝わってはこないのである。確かにエンターテイメント作品として完成度は低くないが、薄っぺらでうそ臭い絵空事にしか写らないのだ。
それから気になって仕方なかったのはこの映画の作者達の放射能に対する認識の甘さである。テロリストが原爆をアメリカ本土で爆発させるという設定にした勇気はよくやったと褒め称えたいが、あまりにもその後の処理が甘っちょろい。だって原爆の爆風で吹き飛ばされたジャック・ライアンや大統領たちは当然同時に放射能を一杯浴びているはずでしょ?「広島よりも規模が小さい」とか「風向きはあっち方向だからこっちは放射能汚染の心配がない。」など、とってつけたような苦しいエクスキューズが台詞にあるにはあるけれど、被爆国の日本人をそんなことで騙せると思っているのなら大間違いだ。ヘリコプターで到着した兵士達が放射能防護服も着ずに救助活動を行っているのにも目が点になったし、ライアンは平服で死の灰が降る爆心地をすたこら走っているし・・・。おまえ、絶対短期間で白血病を発症して死ぬぞ。そしたらシリーズ終わっちゃうよ(笑)。こういうことが一切気にならない日本人がいるのなら、敢えて<非国民>と呼ばせてもらおう。まあ、たしかに登場人物が全員、完全防備に身を包んでいたら、それでは映画として<絵にならない>というお家の事情はよく理解出来る。しかしそれなら原爆などという無理な設定にせず、単なる<強力爆弾>で良かったんじゃないの?
この映画の監督フィル・アルデン・ロビンソンが脚本を自ら書き、メガフォンを取った「フィールド・オブ・ドリームズ」は僕の偏愛する映画である。この人はエミー賞を獲った話題のテレビシリーズ「バンド・オブ・ブラザース」の第一話も担当しており、その出来も大変優れていた。この「トータル・フィアーズ」が彼にとって、スタジオから押し付けられ不本意ながらも撮らざるを得なかった作品であることを心から願う(今回の脚本に彼の名前はクレジットされてない)。
私信のような蛇足:「へつの映画日記」でオープニングとラストのヴォーカル曲はプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の音楽か?との質問が書かれていたのでお答えします。確かにラストは「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」です。これは恐怖政治を司る中国の姫君、トゥーランドットが出したおふれを元にした歌詞なので、あの状況に似合った的確な選曲ですね。しかし、オープニング曲は「トゥーランドット」ではありません。恐らく音楽を担当したジェリー・ゴールドスミスのオリジナルではないでしょうか?
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