エンターテイメント日誌

2002年08月10日(土) <害虫>、あるいは塩田明彦の軌跡

塩田明彦監督は子供の世界を映像化するのが大変巧い人である。日本版「わんぱく戦争」とでも呼ぶべきデビュー作、「どこまでもいこう」は小学生の男の子たちの友情を繊細な感性で、しかし決してウエットに陥ることなく時にはハードに醒めた視線で描き切った。そこにはなんだか懐かしくて、ききりと引き締まった抒情があった。しかし塩田作品には決してノスタルジイと呼べるような甘い感傷はない。第2作「月光の囁き」では高校生の男女を主人公に、なんと谷崎潤一郎の小説「春琴抄」を彷彿とさせるような倒錯的恋愛世界を取り上げた。これは徹頭徹尾<変態純愛映画>であり、高校生を素材にこれだけエロティシズムの極みを描いたのだから驚かされた。題材の性質上キネマ旬報ベストテンに選出された「どこまでもいこう」程の世間的評価は得られなかったが、僕は「月光の囁き」こそ塩田作品の真骨頂であり、もっと評価されてしかるべきだと考える。

さてそこで新作「害虫」である。つい先日公開されたばかりだが既にビデオ化されレンタル店の新作コーナーに並んでいる。こんどは中学生だ。ヒロインは目下飛ぶ鳥を落とす勢いの宮崎あおい。この子は決して美少女ではないのだけれど、時折見せる表情の変化がハッ!とするほど観る者の心を捉える瞬間があり、大器の予感がひしひしとする今後が楽しみな女優である。

映画のタイトルも大胆不敵だが、内容も想像以上にハード・ボイルドだった。塩田監督はあくまで不幸への道を突っ走るヒロインを冷徹に突き放して描く。同情なんて決してしない。生きる事は厳しく、現実は非情である。人間は所詮、ひとりひとり孤独な存在であり、たとえ中学生であろうが親に頼ったりせず独りで闘って生き抜くしかないんだ、とあたかも語っているかのようだ。ヒロインの生き様は、見ようによっては救いのない<転落人生>とも受け取れる。しかし僕はこの作品に衝撃を受けはしたが、決してその終わり方は絶望ではないだろうと受け止めた。この映画の作者たち(脚本家と監督)の描き方に容赦はないのだが、しかしヒロインの今後の生き方に希望を託しているのではなかろうかという視線も感じられたからだ。ハードな温かさ、そしてまだ幼い<戦友>への共感。

台詞は極力削ぎ落とされ、説明的な描写も不親切なくらい極めて少ない。あくまでスタイリッシュに怒涛の如く突き進む。時折唐突に鳴り響く車の音、飛行機の音、突風などが絶妙な効果をあげている。けだし傑作である。上映時間92分。その短さが潔い。

この作品が観客に突きつける刃は冷たく研ぎ澄まされている。さて、皆さんはこの恐るべき挑戦状をどのように受け止めるであろうか?「アメリ」みたいに癒されたいと想う人には不向きであり、不快な想いをする事は間違いないので、最初からご覧になられないことをお勧めする。そういう貴方には無縁の映画です。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]