エンターテイメント日誌

2001年06月06日(水) 手塚治虫の21世紀

手塚治虫という人は20世紀における日本、いや、世界で他の追随を許さないNO1の漫画家であった。「メトロポリス」「ロスト・ワールド」「来るべき世界」「ジャングル大帝」「ロック冒険記」「リボンの騎士」「どろろ」「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」「アドルフに告ぐ」「ブッダ」そして「火の鳥」シリーズなどの目映いばかりの傑作群を読んでなお、この厳然たる事実に異議を唱える人は前に進み出て欲しい。

しかしながら、アニメーション作家としての手塚さんに真の才能があったかと問われると心許ないのも確かである。それは「鉄腕アトム」などの低予算商業作品のみならず、世界各地の国際アニメーション映画祭で受賞した「展覧会の絵」「ジャンピング」「おんぼろフィルム」「森の伝説」など意欲的な実験作品を含めてのことである。金持ちの道楽と言っては気の毒だが、手塚さんが日本のアニメーションの発展に貢献した部分は極めて少ないと言わざるを得ない。ただ、自分のプロダクションが倒産してもなお、マンガで稼いだお金をアニメーション制作のために湯水の如くつぎ込んでいたその情熱には頭が下がる想いはするのだが。

手塚さんの死の際、宮崎駿さんがアニメーション作家としての手塚さんを徹底批判して世間をアッと驚かせたが、「漫画家としての手塚治虫には到底敵わない。だからアニメーション作家としての手塚を否定することからしか自分の創作活動をはじめることが出来なかった」という宮崎さんの屈折した想いがヒシヒシと伝わり、それはそれで愛情に満ちたみごとな追悼文になっていた。

だからもし、手塚さん自身が現在公開中の映画「メトロポリス」に関わっていたなら、皮肉なことにこれだけの完成度には至らなかったであろう。

世間のこのアニメーションへの批判はおおむね大友克洋氏による脚本の不備に集中している。プロットの交通整理が不十分で後半、物語が破綻しているのは確かである。ヒロイン「ティマ」のキャラクター設定も曖昧だ。それでもなお、僕はこの映画が内包する情熱的な輝き、疾走感、そしてなによりも手塚作品への限りない敬意を高く評価したい。原作に登場しないロックを加えたことも大友氏の愛情ゆえだろうし、ヒゲオヤジ、ケンイチ君、ハム・エッグ、アセチレン・ランプなどお馴染みのキャラクターが原作のまるっこい描画そのままに画面の所狭しと大活躍するのがなによりも嬉しい。特に断末魔の場面でランプの後頭部の蝋燭が点灯したのには思わずニヤリとさせられた。虫プロにいたこともあるというりんたろう監督の面目躍如である。CGをふんだんに使った背景画の美術の完成度も極めて高く、その緻密な画面に目を瞠った。モブ(群集)シーンも凄い。SFアニメーションならやはり日本が完全に世界をリードしているということを改めて痛感させられた。

「メトロポリス」、これは世界に問うて決して恥ずかしくない傑作であるとここに断言しておこう。そしてもっと多くの人々が手塚ワールドの素晴らしさを知ってくれますように。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]