東京の片隅から
目次きのうあした


2018年04月14日(土) 「太宰治の辞書」

北村薫「太宰治の辞書」読了。
円紫さんシリーズが再び読めるとは思ってもいなかった。表紙の絵も引き続き高野文子氏で嬉しい。
久しぶりに会った「私」は結婚し40代半ばになり中学生の息子もいる。仕事は続けている。息をするように仕事を続けているのが大人しく流されるようでそうでもない「私」らしいと思う。大学時代の友達との関係もゆるやかに続いている。円紫さんともつながっているが、関係はかつての先生と生徒ではなく、少し変化している。一人前かどうかはともかく「大人」と見なされたようだ。

「生れてすみません」は太宰の創作ではなく他者の文章であった。芥川にせよ太宰にせよ元のネタがあるのは珍しいものではないが、引用した側が残り死後名声を博し、作り出した側は忘れられる。それが引用時点でもう死んだ人なら諦めもつくのだろうが、生きているうちに盗まれてさぞ自分の創作物であるように発表されてはたまらない。盗られた側は苦しい残り人生だったであろうと思う。心を食い殺されたようなものだ。

太宰は詩や日記を飲み込んで小説にし、円紫さんは師匠の噺を高座にかける。さまざまな形はあるが、誰もが他者の生産物をそうやって自分のものにして引き継いでいくのだろう。


はる |MAIL