東京の片隅から
目次|きのう|あした
数日前にこんな夢を見た。
私は死んでいる。 死ぬことに恐怖は感じない。 集中治療室にいたときに感じた、マットレスに全身が沈み、埋まっていく感覚。あの感覚がより深くなり、あぁ自分はほんとうに死ぬのか、そう思っている。 ふと気がつくと私は自分の体の側に立っている。 自分の体は既に棺に入っている。それを横から眺める私。 そうか自分は死んでしまったのか。では今それを見ている私は何なのか。 部屋の中を歩き回るうちに、自分の姿を鏡で見る。確かに私だが、ところどころジグゾーパズルのように欠落がある。これではいかんと意識すると、欠落部はまた埋まる。意識が薄れるとまた欠けたり薄くなったりしてしまうようで、全部消えると意識体としての自分も消滅するのではないか、と考える。 意識があるうちに身辺整理のあれこれを頼まねば、と、私は行動している。本は処分して構わないこと、欲しい人がいたらあげて欲しいこと、パソコンのホームページやこの日記は削除して欲しいこと、SNSの退会手続きもせねば、IDやパスワードを書いてある手帳はここ、そんなこんなについて、妙に冷静に作業している自分がいる。 家族には私の姿は見えたり見えなかったりするらしい。私が死んでいるにもかかわらず、普段と変わらない日常生活を送っているように見える。 人間には3回の死があるという話を思い出す。1度目は本人の(肉体的な)死、2度目は当人を知るものが全て死んだとき、3度目は何だったか。(あとで調べたら「(生きていたという)記録の消滅」らしい) いつも通りに見える家族を見ていて、自分の存在が忘れられているように思え、あぁ私は本当にこれで「死んで」しまうのだなぁと、そこで初めて、自分の足元が崩れ真っ暗な穴に吸い込まれていくような感覚を感じる。
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