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話をしようよ。
今日は姉貴と何気に今よく起こっている類の陰惨なニュースの話題から、何故現代の人間はこうもイライラしたり、後先考えられなくなっちゃたりするんだろうねぇ?とゆう話になりました。
わたしたちの中ではそう言う話題になると、結論はそれは想像力というモノがかなりないからだよ、というコトになってしまうのですが…。 確かに、次にこうなってしまうからやめよう、これはこういう痛さがある行為だから避けよう、相手にこれをしたら自分も不幸になる───なんてコトをやらかしてしまう人間は考えない訳で……。 だとすると、どうして考えられなくなってしまうんだろう? やっぱり根底にあるのは家庭や学校や世間や社会や──環境にあると思うんですよね。(イキナリ難しい話題) こんなにいたれりつくせりサービスも情報も過剰であたりまえな世界だと考えるチカラが1段階減りますし。 オトナが昔できなかったコトをしまくって勝手っぽくなってるってコトもあると思う。未熟なオトナが増えてコドモの面倒をみきれなくなってきてるってのもあると思う。愛されないコドモが不満を持ち、過保護にされすぎたコドモが我慢や経験が浅いままなのにチカラを持ちすぎてるってのもあると思うし、オトナがコドモの反乱を恐れてハッキリ言わないのも、思いやりなくハッキリ言い過ぎて傷付けるのもそうだと思う。 ましてや今は不景気でみんな精神的にも余裕がなくて、他の人間を思いやるなんてそんなに頻繁にできない。 悪い歯車がぐるぐる回ってるのがわかっているのに止められない…。
わたしたちは、とりあえずそのへんコトをよく話す。 わたしたちは結構分析好きなのだ。(たぶん血だと思う) 議論するのではなく、あくまで分析。推測。 もし議論になったとしても、相手の意見に対して批判的になるのではなくて、「こんな意見や考え方もあるんだなぁ」と興味深く自分の引き出しにしまうための会話でしかない。 そして2人でお互い別のことで有意義になってほくほくするのでした。
今回ほくほくしたのは、お互いの話。 お互いの育ってきた環境から性質の話になってその違いが、お互いにとてもよく理解できたこと。面白い考え方だなぁ。とか理解はできるけどそんな事がよくできるよなぁとか。
おいらは姉貴に対して治ちゃん的な印象を持っている。(以前に日記にかいたり本でトークしたりしたんですが)親に対しても、賢ちゃん家同様で、その暗い気持ちは、恐ろしいまでだったと今になって思う。 姉貴は多分日記を読んだと思うのですが、あまり相手にはしていなかったようで(?)、わたしがそのあたりの話になった際、「わたしはあんたになりたかったよ」とゆったら、少し驚いていた様でした。 「わたしはあんたになりたかった」 クチに出してみたのは初めてだったのではないだろうか。 この時、少し軽くなったような気がした。
姉貴は本気でとったのかとらなかったのか知りませんが、 「良かったね、デジモンカイザーにならなくて」 と、おいら的ドリー夢に合わせた言い方で返してくれました。 ちょっと本気にされてないかな?と思いつつ、これはこれでいいのだ。と思いました。 そう思えた自分は本当に「姉になりたい」と思っていた自分を超えた…。 もう、自分は姉貴になれない自分、姉貴と違う自分をちゃんと見つめてるんだ。自分もちゃんと違うモノになれてるよ……と心の内で成長している自分におもわず涙。
我が家は、自分とこの姉との縁が異常に濃い。下手すると親以上。 だいたい我々姉妹がお互いを『きょうだい』などと思っていないのだから(笑)。 お互いがいなくなった時の事など想像するのも怖いです。
まぁ、それはいいとして、こんなに近しい間柄でもこんなに話をして、やっと理解に近づけたのに、話ができない環境にあるヒトなんかはさぞ、苦しいと思うのです。 わたしたちは、幸福な環境でよかったね、と今日も当たり前な日常に気が付いて幸せになったのでした。
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