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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2006年05月02日(火) --

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『やし酒飲み』

ファンタジー好きならば、いつかは読みたいのが『やし酒飲み』 である。と言ってしまっても良いだろう。

ナイジェリア生まれのチュツオーラは、この奇想な物語を ネイティブな言語の精神で英語化したのだと言われている。

終始、主人公の男性(妻も同行する)が死んだ男を追って遍歴する物語である。 死んだ男とは、主人公の家に仕えていたやし酒造りのことなのだが、彼が死んでからまともな酒にありつけなくなったというのが、その理由なのだった。

やし酒。やし酒とはいったい、どんな甘露なのだろうか。 どう見ても酒飲みでない私にはとうてい想像できない味なのだろう。

途中から主人公は神と名乗り、周囲も受け入れていることから、 実は土俗神話だったことがわかる。 それでもう、どんなことが起ころうが、どんなに文体がねじれてこようが、 すべてファンタジーとして受け入れられる設定が整う。

言い換えれば、いわゆる文学好きのファンタジー嫌悪派には 許し難い物語であるだろうと察する。

『やし酒飲み』は私たちの脳のどこかを刺激する。 彼らの旅する深い底知れぬ森はまた、心の内側に広がる無意識の原野でもある。

とりわけ「やられた。」と感じたのが、「完全な紳士」の登場。 後から思ったのだが、イギリスの昔話で典型的な青髭譚『ミスター・フォックス』の悪役にそっくりな紳士である。 どこからともなく完全な紳士が現れて、美しく強情な娘が引き寄せられていく様子は、 まさにホラーそのものに思える。そしてその実態は…というやつである。

また、「やし酒」や「不帰(かえらじ)の天の町」、「ジュジュ」といった言葉そのものも、強い引力をもって私たちを籠絡するごとく。

クリーム色の、女の形をした「まぼろし」に至っては、久しぶりの再会である。 幼いころのある朝方、寝床で見た夢におびえた自分を思い出した。 それらすべての引力や符合には、洋の東西を軽々と超えてしまう、人間の無意識のつながりを想わずにはいられない。

どんなに熟読して切り刻んでも、読んでいる時には満ちていて、探ろうとすれば手の中からすり抜けて蒸発してしまう「何か」。それがこの奇書に棲む精霊であり、その「ジュジュ」が、これらの白いページなのではないのだろうか。そうであっても不思議はないはずである。 (マーズ)


『やし酒飲み』著者:エイモス・チュツオーラ / 訳:土屋 哲 / 出版社:晶文社1970

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