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手にしただけで、嬉しくて幸せになる本がある。 よくよく吟味され、丁寧に作られた本。この本も、その類の本で、 見返しまで、美しい。
本を開くと、そこではゆっくりと時が流れ、人と人外のものが ゆるやかに共存している。いつとも、どこともはっきりと記され ていないからよけいに、この本の中の世界は「原風景」のようで、 親しみを感じる。
学士綿貫征四郎は、亡くなった親友の実家の家守をしている。 家鳴りのする時を経た家。自然のままに生き生きと茂る草木。夜 に洋燈を灯せば、漆黒の闇が浮き上がる。山の狐狸は人をだまし、 河童はうっかりと庭の池に流れ込む。サルスベリの花は人に思いを 寄せ、桜に心を奪われれば、花鬼が暇乞いにやってくる。不思議な ことがごくごく普通に日常にあり、その不思議を当然のことと教え てくれる人がいる。
物語はそれぞれ数ページのごく短いものなのに、文字を読み、行 間を読み、気配を読み、匂いを読む。自然の質感を肌で感じて、自 分の思いを辿れば、一つ一つの淡く軽みのある物語に思いもかけな いほどの質量を感じる。草木の名前の付いた各々の章が28話もある 至福。
静かにゆっくりと流れていく時間や、相応の深い闇は、確かにあ ったはずだ。私たちは自然の中に、当たり前のように不思議を見出 し、それに名を付け、時に畏れ、時に敬い、時には親しく待ちわび たろうに。そういう自然を見て、自然の中の物語を伝えてくれる導 き手もかつてはいたろうに。
この本を読んでいると、懐かしさや、温かな思いと同時に喪失感 をも深く感じる。物語を一話読み終えるたびに。本を閉じたその刹 那に。失ったものを思う。忘れてしまったものを思う。もう忘れた ことも、失ったことも、記憶から消えていく。
失ったと思ったのに、逝ってしまったと思っていたのに、遠い世 界からときおり綿貫を訪ね来る友の存在。自分の失った大切な人を 思えば、羨ましさからか、本を読み終わったときの喪失感はさらに 深かった。それほどに、この物語の中には「そうあるのが自然」と 思える見事な世界がある。(シィアル)
※『ミモザ』の名で、bk1の書評に投稿しました。(2004年10月)
『家守綺譚』 著者:梨木香穂 / 出版社:新潮社2004
2002年06月21日(金) 『魔女と暮らせば』
2001年06月21日(木) 『あかりのレシピ』
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管理者:お天気猫や
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