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1700円(+税)、ちょうど映画1本分と等価であった。 本を開いて閉じるまで、ノンストップ。 脳内に映画のスクリーンが張り巡らされた感じ、まるで。 それもそのはずで、私の中ではきっちりとキャスティングが できていたのだから。 アメリカFBI仕込みの交渉人・石田修平は、三上博史。 その後継者と目されていた女刑事・遠野麻衣子が鶴田真由。 そう、8月にこのキャストで、 WOWOWオリジナルドラマとして放映されている。 しかし、私は、いろいろとアクシデントが重なって、 7月から楽しみにしていたにもかかわらず、見ることが叶わなかった。 とても、悔しかった。見逃してしまったことに気づくとすぐ、 オンラインで原作を注文したのだった。 それほどに、期待していたのだが、 実際、読んでみても、期待を裏切らない面白さだった。 そして、私の脳内シアターでは、きっちりと 三上博史と鶴田真由が緊迫したドラマを演じていたのだった。 (しかし、それでも本物のドラマも見たかった…。)
「交渉人」制度を導入した警視庁は、ある病院の人質立てこもり事件を、 “特殊捜査班”に所属する、交渉人の第一人者たる石田修平警視正に任せる。 石田は、かつての部下であった遠野麻衣子を呼び寄せ、犯人側との交渉に あたるのだが…。
交渉人とはかくあるべき、というレクチャーを随所に挟みつつ、 石田の巧妙な交渉が進んでいく。警視庁の「交渉人」制度は、 フィクションであるのだが、リアルで、違和感はなかった。
最近、“交渉人(ネゴシエーター)”が活躍する映画や小説をよく見かける。 といっても、それは、洋画であり、外国小説だが。 現実には、「交渉人」制度のない日本では、 どうしてもリアリティを欠いてしまうのだろうか。 日本産のものは、これといって、思いつくものがなかった。 「交渉人」というと、やはり、サミュエル・L.ジャクソンと ケビン・スペイシーが競演した同名の映画が一番に思い浮かぶし。 ネゴシエーター同士の、火花が散るような冴えた交渉は、見応えがあり、 交渉人のスマートさ、クールさに、くらくらした。 小説における、代表的な“交渉人”ものとしては、未読だけれど、 フレデリック・フォーサイスの『ネゴシエイター』(角川文庫)だろうか。 日本の『交渉人』を読み終わった今、本家本元、 アメリカの交渉人たる『ネゴシエイター』を是非、読みたい。 今や、日本の犯罪も欧米化し、十分な現実味をもって、 “交渉人”の登場するドラマは成立する。 そうそう、邦画にだって、ついに、登場した。 『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』に、 ロス警察仕込みの交渉人(!)が登場したりして、 映画や小説の中では、活躍が始まっている。
ミステリの読み手として、私は、謎に挑むよりは、紆余曲折する ストーリーのままに身をまかせ、大波小波にもまれながら、 作中の登場人物とともに、翻弄され続けるタイプである。 事件の傍観者として、ただただ、石田と犯人たちとの交渉に、 手に汗を握り、どきどきするのも読書の楽しみだし、自ら“交渉人”気分で、 犯人の一言一句に、注意深く耳を傾け、自ら事件のキィ(ワード)を 見いだすのも、大きな喜びだろう。 この物語は、大胆かつ巧みな交渉人のテクニックを見せる 単なる「交渉劇」ではなく、悲しみと表裏一体となった 人の心の闇を描いた社会派サスペンスでもあった。
(※ラスト部分が弱いという声もあるようだけれど、 フィクションの交渉人にはリアリティが感じられたのに対し、 誰にでもおこり得る「現実」に、リアリティが無くなってしまったのは、 少し残念かもしれない。 書き方によっては、リアリティと、(善悪ではなく)本能的な共感を 呼ぶことが可能だったからだ。 けれど、物語のテンポやスピーディさからいえば、妥当な帰結とも思える。)
映画やドラマのように2時間で読み終えることはできないが、 映画を見ているようなエンターテイメントと同時に、 丁寧にじっくりと、登場人物の心の襞をのぞく、 読書ならではの喜びと、両方を楽しむことができた。 (シィアル)
『交渉人』 著者:五十嵐貴久 / 出版社:新潮社2003
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管理者:お天気猫や
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