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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2002年09月04日(水) --

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『模倣犯』

☆ぞっとするのは、絵空事ではないから。

「なぜ人を殺してはいけないのか?」という本がある。 「なぜ人を殺してはいけないのか?」と聞かれても、 そんなことは私や多くの人にとっては自明の理で、 むしろ「どうして人を殺していいと思うのか?」と問いたい。

けれど、「どうして人を殺していいと思うのか?」という問には、 答えはないような気がする。 いや、それぞれに答えはあるのだろうけど、 それは、この質問を発する私には理解のできない 理解どころか言語自体が違う、解読不能の答えだと思う。 あるいは、答え、理由自体がいらないのだ。 もちろん、そんなこと理解できない。

『模倣犯』を読み終わって、 そんなことをぐるぐると考えている。 上巻721P、下巻701Pの長編。 それを一気に読むほど、面白い小説だが、 しみじみと嫌な小説だ。 嫌なのは、小説ではなくて、本当は現実。 小説に書かれた連続殺人事件は、今や絵空事ではなく、 いつ起きてもおかしくないし、 程度の差はあれ、似たような事件はもう起きてるだろう。

上巻では、情け容赦ない連続殺人事件が描かれる。 筋書き通りに女性を殺害し、それを楽しむ犯人。 そして、犯人の死。

下巻では、犯罪に巻き込まれた人々の苦悩や さらに続く、犯人の底のない悪意。

上巻を読んでいた時、誰もいない階下から物音がした。 本を閉じ、ちょっと息を詰めて、じっとして気配を伺う。 もちろん、何も起こらない。 ただ、風で何かが落ちたのだろう。 よくあることでどうということはない。 わかっているけれど、ほんとうに、ぞっとした。

毎日、テレビや新聞で、殺人事件が報じられる。 ほうぼうに通り魔が出没し、 凶悪な強盗殺人事件が頻出する。 出会い系サイトがらみで、 簡単に人が消え、殺されている。 「なぜ人を殺してはいけないのか?」と、 犯人たちは言うのかもしれない。 それでも私には、その答えではなく、 「どうして人を殺していいと思うのか?」という問いしかない。

『模倣犯』を読みながら、しみじみと、 「なぜ人を殺してはいけないのか?」 その質問に答えても、その答え、こちらの思いは 決して通じないのだろうなと、感じた。 少なくとも、『模倣犯』の主犯ピースには通じない。 どう考えたって、ピースを理解することはできないし、 彼は、ふつうじゃない。 だからといって、狂っているのでもない。 正常なのに、もちろん、ふつうじゃない。 人間として、「何か」が欠けている。

その「何か」が何か、私たちは考える。 心とか、情とか、人間性とか、いろんな言葉が頭をめぐる。 けれど、ピースを理解することはできない。 本の中のピースを理解したような気になっても、 生きた人間として、ピースのような人間がいたら、 人間として、理解できない。

だけど。 ピースのような人間は、現実にいる。 すぐそばに、いるのかもしれない。 いつやってくるかわからない。

その思いが、私を芯から怖がらせる。 そういう現実が一番怖い。

この長大な本を読み終えて行き着いた思いだ。(シィアル)


『模倣犯』(上・下) 著者:宮部みゆき / 出版社:小学館

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