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うちの父は緑の布張りに金箔押しの、 箱入りの小さな本を長年愛読しています。 和服の着流しで煙草盆を叩きながら、 猫を傍らに 東洋文庫の『甲子夜話』『和漢三才絵図』『耳嚢』等など、 江戸時代の殿様のエッセイや百科事典を呑気に眺めている姿は ‥‥とても平成の人間には見えない。
とかいいながら私もちらちら覗いて面白がっていたのですが、 こういう類いは常に手近に置いて折々拾い読みして のんびり楽しむものですから借りていくのも悪いし、 東洋文庫は無理でも岩波文庫版の『耳袋』でも買おうかなあ、と 思いつつもいまだに手に入れそびれていました。
そしたら、『耳袋』の中でも人気の「怪異」ものをメインにまとめ 平易な現代訳で語った『耳袋の怪』というお手軽な本が出ました。 とりあえずは、これでいきましょう。
『耳袋(耳嚢)』は南町奉行職も勤め人情奉行と評判の高かった 根岸鎮衛が友人知人から収集した噂話を書き溜めた人気綺談集です。 鬼神悪霊の存在を信じていた中世の人々とは違って、 近世の都会人、江戸の人々は案外と 迷信を信じない合理主義だったようで、 私達と同じく「怪談・奇談」も結構エンターテイメントとして 楽しんでいたようです。
どこそこに幽霊が訪れた、猫が恩を返した、菊虫が出た。 根岸様は「僧侶の加持祈祷なんかを信じて、 重い病人にも薬を飲まなせない愚か者」を嘆いたり、 あまりにも超常的な事件には「こんな事が現実に ある訳はないから伝聞に作為が混じっている」と判断する、 常識的で明晰な優しい御奉行様です。
でも、好きな訳ですよ根岸肥前守様もこういう話が。 「そういう事もないともいえないな〜」とか言って。 私達も大好きなんですよね、こういう話。
宮部みゆきさんは、お江戸のサイコメトラーお初ちゃんを 根岸様の個人捜査官という設定にして、『耳袋』の中の短い一話を 『震える岩』という超能力ミステリ時代劇のネタにしています。
リアリティのあるうわさ話の原則はその情報が正確である(らしい)事。 「どこで」「誰が」といった固有名詞をなるべく記録し、ソースを確定する。 自然、その事件を実際に体験した人物が居る、同時代の話が主になります。 因縁などは作り話っぽいので重視せず、極力起きた事実だけ記す。 ですからその時は怪異に見えても、実は合理的な「謎解き」が 可能な現象も多くあります。
実際、現代では特定の疾患の症状として知られる現象がリアルに伝えられ、 それがまた記述の正確さを証明しています。 だから、他の不可思議極まる出来事だって「本当にある」かも。
いかにも作り話めいた起承転結がなく、加工されていない素材だけの 話のタネというのはぞっとする「現実の手触り」を感じさせるものです。 肌に粟立てながらも、次々聞くのをやめられない。 という訳で、今人気の怪異譚集『新耳袋』もこのテクを踏襲し、 作り込まれた怪談とはまた異なったシンプルな怖さでヒットしています。 「うわさ」は生の形を書き残す事に意義が有る。(ナルシア)
『耳袋』上・中・下 著者:根岸鎮衛 / 訳:長谷川強 / 出版社:岩波文庫
『耳袋』 1・2 著者:根岸鎮衛 / 訳:鈴木棠三 / 出版社:平凡社ライブラリー、東洋文庫
『耳袋の怪』 著者:根岸鎮衛 / 訳:志村有弘 / 出版社:角川ソフィア文庫
『震える岩』霊験お初捕物帳 著者:宮部みゆき / 出版社:講談社文庫
『新耳袋』現代百物語1〜7 著者:木原浩勝、中山市朗 / 出版社:メディアファクトリー、角川文庫
2001年10月30日(火) 『バベル-17』
2000年10月30日(月) 『魔道書ネクロノミコン』
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管理者:お天気猫や
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