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そして月日は流れた。 18年という、またもや長い時間が。 しかし、今回流れたのは、本のこちら側。 ゲドたちのいる世界では、時は流れなかった。 そうして、この最終話は、大人の物語になった。
原題は『テハヌー』。 謎の鍵となる言葉なので触れないでおくが、 かつて「喰らわれし者」であった巫女テナー(アルハ)の 再登場は、ながらく待ち望んでいたものだった。
ゲドとともにエレス・アクベの失われた腕輪を探し出し 凱旋してからは、別々の道を歩いてきたテナー。 彼女は、ゲドが願った通り、自分の人生を生きていた。 こうあるべき、という姿にとらわれず、25年の歳月を。 (※3巻では17、18年ということだった) ゲドが大賢人として過ごした半生を、 彼女がどんな風に過ごしたか、それはファンタジーの枠を超えた 女の物語となって、リアルな回想で紡ぎ出されてゆく。
王子アレンとの大冒険で 魔法使いとしての運命を終えざるを得ず、 いまや抜け殻のようになったゲドと再会したテナーは、 孤児の少女テルーを加えて、ひとつの家族をつくってゆく。
そう、まるで大企業の頂点に立った戦士が 定年で職を解かれ、生きがいと自信のすべてを失ったときのように、 ゲドは故郷の島、ゴントに戻ってきたのだった。
第一巻で少年ゲドを見出し、最初の指導をした ゴントの孤独な魔法使い、オジオン。 彼がこの巻では重要な役割をもって登場し、表舞台から去る。 ゲドは別世界から来たテナーを、その師のもとに預けていたのだ。 生まれ故郷であり、尊敬する師と、運命の女が暮らす島へ、 ゲドはついに帰った。 これまで何度も、果ての地からこの世界に帰ってきたように。 そして、新しい物語がはじまる。
フェニミズムや暴力、家族の絆、社会と個人の関わり。 そうしたいかにも日常的な現実世界に混じり合う、 魔法と竜の存在する世界、アースシー。 ゲドの内面はテナーとの関わりによって明かされていくが、 この本の主人公であるテナー自身の内面は、 栄光の地位を捨て俗世に埋没して生きる 40過ぎの女性の声として語られ、 ありふれていながらも共感をおぼえる。 誰も、ファンタジーの主役としての彼女が 現実に選んだ人生を否定できないという意味でも。
最後には壮大なファンタジーに戻り幕を下ろすのだが、 こんな風に時を重ね異種の文学に転生した児童文学もまた、 例がないのではないだろうか。
3冊目の『さいはての島へ』でゲドが故郷へ向けて 帰って行く姿を目にしていた私たちは、この本のいう「帰還」の 意味を、おぼろげながら知っていた。
さらに、ひとりの人間としての物語へ、 ゲドは帰っていったのだった。 そしてそれこそ、3巻の旅をともにした私たちの 願いでもあったのだ。(マーズ)
『帰還─ゲド戦記4 最後の書』 著者:アーシュラ・K・ル=グウィン / 訳:清水真砂子 / 出版社:岩波書店
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管理者:お天気猫や
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