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いつか訪れることを夢みている国。 わたしにとって、この本が、その国だった。 いま第一話を読み終えて、 ─いや、読み進む旅の途中で、いくたびも、 心のみならず、身体までふるえさせていたが─ 内なる楽器が言葉に共鳴し、鳴り響いている。
もっともっと前に、読みたかった本ではあった。 それでも、きっとこの本は、年齢に関係なく 受け入れてくれるだろうと知っていた。 グウィンの書いた他の作品を読みながら、そう確信し、 いつか、読める時がくるのを待っていた。 そんなふうに思える本が、どれくらいあるだろう。
タイトルに戦記とあるので、ずっと、古い英雄の時代、 国々の興亡戦を描いた年代記だと思っていた。 原題は、『アースシーの魔法使い』。 たしかに、そのままだとわかりづらい。 幾多の島々からなる古い世界を舞台に、 魔法使いに生まれついた少年ゲド(ハイタカ)が みずからと戦いながら成長していく物語である。
そして、重要なテーマとして、 「ことば」が選ばれている。 たとえば、主人公のゲドという名は、本来、本の表紙に 堂々と書かれるものではない。それは真の名だから、 本当に信頼のおける相手にしか教えることはない。 通常はハイタカという名で暮らしている。 「人の本名を知る者は、その人間の生命を掌中にすることになる」 (本分111P)という魔法世界なのである。
北方の寒村に生まれ、やがて魔法使いに見出され、 ローク島にある「学院」で魔法を学ぶハイタカ。 師匠たち、友人や敵。 やはりここにも、ハリー・ポッターにつづく黄金の道が見える。 師匠たちの言葉は深く、多くを語らず、そしてやさしい。 ありありと目に浮かぶ、島々の姿。 知恵は知恵のままに、光は光、影は影、 愚かさは愚かさのままに描き出す、 まさに魔法の筆力。 描かれた世界の背後に、 大いなる女神の吹かせる風にも似た、 宇宙のひろがりと摂理が感じられるという安心感。 創造者のふところの広さがあるからこそ、 その一部であるこの本が生き生きと脈を打つ。
生来の傲慢さから取り返しのつかない事態を招き、 すべてを失いかけたゲドが、放浪の果てに得るものは。 それは、同じ旅を共にした「読者」からの、 魂を込めた抱擁であるのだろう。
夢だけでなく、生きているあいだに、 魂の糧となる書物に出会う幸せは、 決して少年少女だけのものではない。(マーズ)
『影との戦い─ゲド戦記(1)』 著者:アーシュラ・K・ル・グウィン 訳:清水真砂子 / 出版社:岩波書店
※初版1976年、2000年7月改版発行
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管理者:お天気猫や
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