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遅まきながら、『ハサミ男』を読み終えた。 読み終え、すぐにもう一度、 最初からばらばらとめくって猛スピードで読み返す。 読み返しながら、ずっと、 小泉喜美子の『弁護側の証人』(集英社文庫・絶版)のことを考えていた。
(注:・・・決してネタばれではないですが、
ある種の予断を与えてしまうかもしれません。
映画の『シックス・センス』の秘密を忍耐強く、
みんなが守ったように、私も口をつぐむべきなのでしょうが。
それでも、だまされることの楽しさについて、語らせて下さい。)
『ハサミ男』は、ミステリ好きにはたまらない本だった。 大好きなチャンドラーの『湖中の女』(ハヤカワ文庫)からの引用があったり、 ちょっとしたらところににっこりと口元がほころぶ、 小さな仕掛けが一杯あったりする。 それから、何と言っても、 読み終わった後のまんまとだまされたことへの心地よい悔しさもある。 この大きな仕掛けに対して、読後大急ぎで、 どうしてだまされてしまったのか、どこでだまされてしまったのか 「いろいろ」と確認作業に入る。 「してやられちゃった」と、結構ご機嫌な気分になる。
それにしても、あれは残念なことをした。 もう、十年以上前に読んだ本のことを思い出す。 『弁護側の証人』はとてもよくできた面白い本だった。 友達に借りて読んだのだが、本を返したときに、 「で、最後驚いた?」と満面の笑顔で聞かれた。 「え?何で?」そう不思議そうに答える私に、 その友人も不思議そうにどうして驚かないのかと、重ねて問うたのだった。
・・・何と。 その小説には大きな仕掛けがあって、 ラストにまさに天地がひっくり返る驚きが待っていたのだった。 けれど私は、その大きな仕掛けに気付かず、 まるっきりトリックに引っかからないまま、 まっすぐ素直に言葉のままに読み終えてしまっていたのだった。 そういう小説の根幹にかかわるトリックに気付かなくても、 その小説は非常によくできた面白い小説だっただけに、 この大きな仕掛けにだまされていたら、 さらにどれほど面白かったことかと、ものすごく悔しい思いをした。 トリックが見え見えで引っかからないのならともかく、 トリック(言葉のレトリックというべきか)が巧妙すぎたため却って、 正しすぎる文脈で読み進めてしまったのが、さらに悔しさを募らせる。
その時、「じゃあ、もう十年くらいして、仕掛けを忘れた頃に読み返す。」 そう高らかに宣言をした。すぐさま、周りにいた人達みんなから、 「忘れようと思うことに限って、絶対に忘れられないよ。」 そう決め付けられた。 果たして、今日まで、その仕掛けを忘れ去ることはできなかった。 きっと年老いてボケてきても決して、 その仕掛けだけは忘れ去ることができないでいるのだろう。
だからこそ、何の予断もなく読み進み、 あっと気付いたら、どっぷりとだまされ 虚構の迷路を彷徨っていられたことがとても嬉しい。 ただ、ささやかな失敗を言えば、 いたるところにフェアなヒントが撒き散らされていたのだろうけど、 その決定的なキーワードがかかれているまさにその数ページだけを どうしてなのか、読み抜かっていたのだ。 (そう、数ページも読み飛ばしているのに、まったく気付かず・・・) あとで振り返って検証せずとも、ここを読んでいたら、 「あれっ?おかしいぞ。」と作者と対峙できたのかもしれない。 そう思うとうまくだまされたことは嬉しいけれど、 作者とのにらめっこには何だか不戦敗したようで、 それはそれでやはり悔しいのであった。
『シックス・センス』にしろ何にしろ、
シンプルで大きな仕掛けに上手くだまされるのは、本当に心地よいことだ。(シィアル)
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『ハサミ男』 著者:殊能将之 / 出版社 講談社ノベルス
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管理者:お天気猫や
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