数年前、○店の女子社員M美から「うちのパートさんに霊感の強い人がいる」と聞いたことがある。 何でも、話しているとその人の生い立ちや、その人の家の状況、またその人の守護霊がわかるというのだ。 その話を聞いた時、ぼくは「一度そういう人とお話ししてみたいものやのう」と言った覚えがある。 それから後は、そういう話があったのをすっかり忘れていた。
今回の転勤で、ぼくはいろいろな店を回るようになった。 ○店もその一つである。 転勤後、初めてその○店に行った時だった。 おそらく初めて会うだろう人から、「あら、こんにちは」と声をかけられた。 「ああ、こんにちは」 「あなた、今どこにおると?」 「店回りやってます」 「ああ、店回りね。フフ…」 そういう会話のあと、その人は店の中に消えていった。
そのあとでぼくの頭の中を駆けめぐったのは、『あの人誰だろう?』という疑問だった。 そこでいっしょに回った課長に聞いてみた。 「あの人誰ですか?」 「ああ、あの人ね。Hさんと言って、ここで一番古い人なんよ。○店のわからんことは、あの人に聞いたらすぐにわかるんよね。貴重な存在やね」 「そうなんですか」
で、そういう貴重な存在の人と、ぼくはどこで会ったんだろうか? そういえば、一度M美の紹介で、パートさんが買い物に来たことがあった。 『ああ、あの時の人か…。いや、でもあの時、M美は別の店に移っていたはずだ…。うーん、やっぱり知らん』 結局その日は、思い出せなかった。 しかし、○店にはこれから何度も行くことだから、その時、そのことをHさん本人に直接確かめればいい。 ということで、そのことを考えるのは、そこで終わった。
さて、今日のことだった。 あれ以来初めて○店に行ったのだが、今日はHさんは見あたらなかった。 ところが、ぼくが帰ろうとした時だった。 後ろから、「しんたさん」という声がした。 振りかえると、そこにHさんがいた。 「あ、こんにちは」 「もう仕事慣れた?」 「いや、まだまだ慣れませんよ。肉体労働なんで、体中が痛くて…。でも、前みたいにお客さん相手じゃないから、気疲れはしませんけどね」 「ああ、そうやね。前に来た時お話がしたかったんだけど、しんたさん忙しそうだったからね」 「そうですか…」 そんなやりとりをやっているうちに、時間がやってきた。 今日も忙しかったのだ。 そこで「じゃあ、また来ます」と言って、ぼくは帰ったのだった。
帰る車中、ぼくは『一体何の話だろう?』と考えていた。 その時、ふと数年前のことを思い出した。 『そういえば、前に、○店に霊感の強い人がいると聞いていたけど、ひょっとしてHさんのことか?』 しかし、ぼくはM美から話を聞いただけで、別に会ったわけではない。 もしその時に、M美が「しんたさんという人が『お話してみたい』と言っていた」とHさんに言ったとしても、ずいぶん前の話なので、もう忘れているだろう。 「うーん」 疑問は深まるばかりだ。
そういう折だった。 部署に帰ったぼくが、やることもなくボーッとイスに腰掛けていると、そこに例のM美が現れた。 そこでぼくは、「M美、前に○店に霊感の強い人がおると言ってたやろ?」と聞いてみた。 「うん」 「それ誰のこと?」 「Hさん」 「やっぱり」 「何で?」 「いや、Hさん、おれのこと知っとるんよ」 「ああ、あの時、Hさんにしんたさんの話したけね」 「でも、それずいぶん前のことやないか。普通、話だけやったらすぐに忘れるやろ。それにあの人、おれの顔も知らんはずなのに、あちらから声をかけてきたんぞ」 「そうよ。あの人、そういう能力があるんやけ」 「えっ?」 「たぶん私が話した時、しんたさんの顔が見えたんやろうね」 「えーっ!?そんなに霊感が強いんか」 「うん。あの時言うたやないね」
大変な方と知り合いになったもんだ。 今度から、一歩引いて話をせないけんなあ。 いや、待てよ。 それだけ、霊感が強い人なら、ぼくの将来なんか手に取るようにわかるだろう。 そうだ。 じゃあ今度時間があったら、それを聞いてみることにしよう。 これも一つのチャンスかもしれない。
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