昼過ぎ、仕事が一段落した頃だった。 スエちゃんというパートさんが、目を輝かせて売場にやってきた。 「しんちゃーん」 「おっ、スエちゃんやん。どうしたと?」 「今ね、そこでイトキョン見つけたけ、手を振って『イトキョーン』と呼んだんよ。そしたら、イトキョンは両手振って『いやーん、イトキョンと呼ばんで』と言ったっちゃ。かわいいね、あの人」 「そうかねぇ。ただボーッとしとるだけよ」
スエちゃんとは、小太郎君の売場のパートさんで、この日記の古くからの読者である。 記事で読んで、前々からイトキョンのことが気になっていたらしいのだ。
スエちゃんが戻った後、さっそくぼくはイトキョンのところに行って、そのことを聞いてみた。 「あんたさっき、スエちゃんから『イトキョーン』と呼ばれたやろ?」 「そうっちゃ。突然『イトキョーン』とか言うんやけ、ビックリした」 「スエちゃん、声が大きいけね」 「あの人も、しろげしんた見よると?」 「うん。古くからの読者よ」 「ふーん。ねえ、あの人の名前、何と言うんかねえ?」 「さっきから何回も『スエちゃん』と言いよるやろ」 「あっ、そうか」 「あんた、スエちゃん知らんと?」 「いや、顔は知っとるんやけどね」 「ああ、そうか。あまり売場同士で行き来せんけね」 「うん。私あまりこの店の人、知らんっちゃ」 「ふーん」 「ねえねえ。で、その『テルちゃん』って、本名何というと?」 「えっ、『テルちゃん』ちゃ誰ね?」 「さっきしんちゃんが教えてくれたやないね」 「誰も『テルちゃん』とか教えてないよ」 「うそ。さっき言うたやないね」 「おれは『スエちゃん』と言ったんよ」 「あっ…」
あいかわらずイトキョンは、人の話を聞いてない。 まだ昼過ぎだというのに、イトキョンの頭の中はすでに夕飯モードに入っていたのだろうか?
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