Hさんが休んでいたということで、イトキョンはそれとなく信じたようだった。 ぼくはイトキョンをかつぐことが出来たので満足していた。 ところが、それだけでは満足できない人がいた。 Kさんである。 ぼくが考えた入院話に、3千円徴収を乗せたのもKさんだった。 話はそれだけでとどまらなかった。
昼過ぎ、その日早番のイトキョンと交代で、中番のMさんが出社してきた。 Mさんはぼくの売場に来ることは、滅多にない。 ところがその日は違った。 血相を変えてぼくのところにきたのだ。 「どうしたんですか?」 「昨日は大変やったらしいね」 「ええ」 「でも、急なことやったねえ」 「そうですねえ」 「Hさんは、子供さんおったんかねえ?」 「いますよ」 「若いんかねえ?」 「いや、もう社会人ですよ」 「ああ、それならよかったねえ」 「?」 「で、今日は何時から?」 「えっ、何がですか?」 「お通夜よ」 「えーっ!?」 「さっきKさんが言ってたよ。今日Hさんのお通夜だって」
ぼくはそれを聞いて、思わず吹き出してしまった。 「えっ、何がおかしいと?」 「いや、Kさんがそう言ったんですか。ハハハ…」 「違うと? …あっ、もしかして騙したんやね」 そう言うとMさんは怒って売場に帰っていった。
しばらくして、薬局に行ってみると、Mさんと話していたイトキョンがぼくを見つけて言った。 「もう、しんちゃん嘘つきなんやけ」 「何が嘘つきなんね」 「Hさん、死んでないやん」 「あ? それ言うたのKさんやないね」 「でも、しんちゃんも入院したと言ったやないね」 「言うたよ。でも、おれは人を殺したりはせん」 「どうせ、入院も嘘なんやろ?」 「嘘やないよ」 「もう、信じんけね」 「普通、救急車で運ばれたりしたら、何でもないでも、一応検査入院するやろ」 「うん、するよ。…あ、そうか」 「ほら、嘘やないやろ」 「うん」
イトキョンが帰ったあと、ぼくはMさんに本当のことを話した。 「そうやろ。わたし昨日遅番やったけ、ちゃんとHさん見たもんね。Kさんから話聞いたときも、おかしいと思いよったんよ」 「もし死んどったら、店の中の空気が、それとなく違ってくるじゃないですか」 「そうよね。いつもと変わらんかったもんねえ。それで、イトキョンはまだ信じとると?」 「さすがに死んだというのは嘘とわかったみたいやけど、入院は信じとるみたいですよ」 「イトキョンらしいね」 「いつまで信じとるか楽しみですね」 「いや、きっともう忘れとるよ」 「えっ、そうなんですか?」 「うん。あの人、いつも、その日の夕飯のことしか頭にないもんね」
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