昨日のこと。 Hさんは休んでいた。 Kさんがいたので、「Hさんは休んだんですか?」と聞いてみると、「うん、大事を取って休むらしい。朝電話があったよ」と言う。 「やっぱり昨日の今日ですからね」 「あの人、明日も休みやけ、連休やね」 「ああ、そうですね」
と、その時だった。 そういうことがあったと言うことを、まったく知らない人間が通りかかった。 薬局のイトキョンである。 ぼくはイトキョンを見て、瞬時に「これは遊べる」と思った。
ぼくはさっそくイトキョンを呼び止め、真剣な顔をして「昨日は大変やったよ」と言った。 イトキョンは目を丸くして、「何かあったと?」と聞いてきた。 『しめしめ』と思ったぼくは、「実はねえ…」と昨日あったことを話した。 しかし、元気に帰ってきたとは言わずに、「結局入院したんよね」と言ったのだった。 「えっ、入院したと?」 「うん。1ヶ月以上かかるかもしれんのよ」 「うそー、困ったねえ」 「そうやねえ。ただでさえ、ここは人が少ないけね」 「年末で忙しくなるしね」
話が終わり売場に戻ると、そこにKさんがいた。 さっそくぼくはKさんにそのことを言った。 「Kさん、今、イトキョンにHさんが入院したと言っときましたから、口裏合わせとってください」 「わかった。入院やね」 そう言って、Kさんはイトキョンのところに行った。 Kさんは、真剣な顔をして、イトキョンとしばらく話していた。
話が終わったようなので、何気ない顔をしてイトキョンのところに行くと、イトキョンは暗い顔をして立っていた。 「どうしたと?」 「Hさん、相当悪いんやね。Kさんが入院が長引くけ、見舞金を一人3千円集めると言ってたよ」 『えっ?』、話が膨らんでいる。 しかし、否定すると嘘だとバレるので、「そう、さっきKさんから聞いた」と言っておいた。
それから1時間ほどして、イトキョンがぼくのところにやってきた。 「しんちゃん、また騙したやろ」 「えっ、何のこと?」 「Hさんが入院したなんて嘘やないね」 「入院したよ」 「でも、みんなが『Hさんは、昨日すぐに戻ってきたよ』と言ってたよ」 「そうよ。昨日は戻ってきたよ」 「ほら、やっぱり嘘やん」 「嘘やないよ。誰も昨日入院したとか言うてないやろ」 「えっ?」 「会社に自分の車を置きっぱなしにするわけいかんし、入院するためには準備がいるやん。だから一度戻ってきたんよ」 「あっ、そうか」 「今日入院したんよ。Hさん、今日休んどるやろ」 「そういえば見らんねえ」 「人の話をちゃんと聞かな」 「すいません」
「あ、そうそう。イトキョン、頼みがあるんやけど…」 「何でしょ?」 「あんた、Hさんの机の上に花を置いといてやって」 「花を?」 「うん。学校でよくやったやん」 「えっ、それは死んだ人にするんやったやん」 「そんなことはない。入院した時にするんよ」 「そうやったかねえ」 「そう。従業員を代表して、ちゃんと花を供えときよ」 「私が!?」 「そう、年長の仕事やないね」 「私、年長じゃないよう」 「そんな細かいことは言わんでいいけ、ちゃんとやっとってね。年長さん」 「‥‥」
|