頑張る40代!plus

2005年05月25日(水) 念力

小学6年生の頃、親戚の家で立てない子犬を飼っていた。
この子犬、先天的に立てないのではなかった。
ある事件以来立てなくなったのだ。
その事件とは、その親犬と兄弟犬が犬さらいにさらわれたのだ。
おそらく立てない犬は、その光景を隠れて見ていたのだろう。
そのためショックで立てなくなったのだ。
ぼくが親戚の家に遊びに行くと、いつもその子犬は段ボールの箱の中でうずくまっていた。
伯母が食事を与えても、少し口を付けて、あとは残してしまう状態だった。
そのため、元々痩せていた体はさらに痩せ細り、ほとんど骨と皮だけになっていた。

親戚の家の誰もがその子犬のことを心配したが、手のつけようがない。
「かわいそうだが、このまま死ぬのを待つしかないなあ」と伯父は言った。
「病気なんかねえ」
「精神的なものだとは思うけど…」
「立ったら治るんかねえ」
「そうやなあ。立ちさえすれば、何とかなるかもしれん」
「ふーん。じゃあ、立たせてみようか?」
そう言って、ぼくはその子犬を抱え、立たせてみた。
しかし、足に力が入らないのか、すぐに倒れてしまう。
ぼくは諦めず、何度か同じことを繰り返した。
すると子犬は、「ウー」と言って怒り出した。
ぼくはその子犬の頭をひっぱたいた。
「おまえのためにやってやりよるんぞ。偉そうにうなり声なんかあげるな!」
子犬は、その意味が理解できたかのように、黙り込んでしまった。

そんなある日、ぼくは一つの実験をした。
それは念力である。
マジシャンのように手の指に力を入れて子犬の上にかざし、「立て、立て」と言って念を送った。
最初子犬は、ぼくのそんな行為を無視していた。
しかし、ぼくは諦めずにずっと念を送ったのだった。

ぼくが念を送り始めて、10分ほど経った頃だった。
突然子犬の体が、電気が走ったようにピクッと動いたのだ。
「もしかしたら…」
そう思ってぼくは、さらに強い念を送った。
「立ち上がれ、立ち上がれ」
すると子犬の体は、微かだが動き出したのだ。
さらに続けていると、その動きはだんだん力強くなり、体全体にエネルギーがみなぎっているようだった。
その後、子犬は足に力を入れだした。
自分の意思で立とうとしているように、ぼくには見えた。
そして何度も何度もよろけながらも、子犬は立ち上がろうと試みた。
そして、何度か目の挑戦で、ついに子犬は立ち上がったのだ。
「立った!子犬が立った」
まるでアルプスの少女ハイジでクララが経った時ように、ぼくははしゃぎまわったのだった。
ぼくはおよそ半年ぶりに、その子犬が立つのを見たのだった。

それ以降子犬は、段ボール生活をしなくなった。
長い間寝たっきりだったので、動きはぎこちなかったが、それでも立って歩き回るようになったのだった。
しかし、相変わらず、食べることはあまりしなかった。
そのため、骨と皮だけの体のままだった。
そして、それが致命傷になった。
子犬は、その後1年足らずで死んでしまったのだ。

死んでから思ったのだが、子犬に念を送って、食べるようにすればよかった。
しかし、犬が立ち上がってからのぼくは、念力のことをすっかり忘れていた。
念力の実験ということでやったことだが、立ち上がった時に「これは偶然だ」と思ったためだ。

「そういえば、あの時念力で子犬を立たせたんだ」と思うようになったのは、ごく最近のことだった。
もしあの時に念力を鍛えていたとしたら、もっと違った人生を歩んでいたに違いない。
少なくとも、肩や腰の痛みくらいは自分で治せるようになっていたことだろう。
そう思ったぼくは、あの時やったことを思い出しながら、肩や腰に念を送ってみた。
しかし、すでにその能力は失われていたのだった。


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