その年の9月のことだった。 ぼくは8月中旬に一端長崎屋を辞め、その時期は博多の出版社で働いていた。 仕事から戻ると、母が「さっきUさんという人から電話があったよ」と言う。 「何の用やった?」 「さあ?何も言わんかったけど、急いどるみたいやったよ。電話してみたら?」 「うん。わかった」
ぼくはさっそくUさんに電話をかけた。 「もしもし、しんたですけど」 「ああ…、しんた君」 Uさんの声は沈んでいた。 「どうしたんですか?」 「あのう…、Kさんが…」 「えっ?」 「Kさんが死んだんよ」 「えーっ!?うそやろ?」 「さっき、Oさんから電話があってね…」 「何でまた…。事故か何かで?」 「いや、ガンらしいよ」 「えっ、ガン?どこの?」 「胃ガンらしいんよ」 「ああ…」
ぼくには思い当たる節があった。 Kさんはめっぽう酒の強い人だった。 バイトしていた時に、「昨日はボトル2本空けた」などとケロッとした顔をして言っていた。 普通ボトル2本も空ければ、そんなケロッとした顔をして会社になんか来られないはずである。 聞くところによると、飲み比べをして、一度も負けたことがないらしい。 それもそのはずだった。 Kさんは酔えない体質の人だったのだ。 そのため、限度がわからずに、時間が許す限り飲んでしまう。 社会に出て、いろいろとストレスを溜めては酒を飲む、といった生活をしていたのだろう。 それで胃を痛めたのだろう。 Uさんの話によると、最後の一ヶ月は食事も受け付けない状態で、死ぬ前はかなりやせ細っていたと言う。
Uさんは続けた。 「今日通夜で、明日葬儀なんやけど。今日はもう遅いけだめやけど、しんた君、明日は行ける?」 ぼくは、翌日から熊本に出張しなければならなかった。 「行きたいけど、明日から出張なんよ」 「ああ、出張か。じゃあ、行けんねえ…。しかたない、Yさんと二人で行ってくる」 「Oさんは?」 「付きっきりやったみたい」 「そう…」 「かなり落ち込んでいるみたいよ」 「そうやろうねえ」
Kさんの家は、博多に行く途中にあった。 いつも電車でそこを通る時、Kさんの家の屋根が見えていた。 翌日、出勤途中に、電車がKさんの家の前を通過した時に、ぼくはKさんの家の方向を向き手を合わせた。 そして、博多に着くまで、あのY運送でバイトした日のことを思い起こしていた。 Y運送に入った日のこと、井筒屋での仕事のこと、Y大生事件のこと、Kさんの家に泊まった日のこと、X子のこと、Oさんのこと、K選手の壮行会のこと、成人の日のこと…。 そういう出来事も、その時にはすでに遠い過去のことになってしまっていた。 だが、Kさんは違っていた。 兄貴という形で、ぼくの中にはっきりと存在していた。 そして、それは今でもそうである。
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