数日後、運送会社でのアルバイトが始まった。 初日、会社に着くと、ぼくはさっそく面接をした人(常務)のところに挨拶に行った。 「おはようございます」 「ああ、おはよう」 「よろしくお願いします」 「うん。ところで、この間のよくしゃべる人は、家庭の都合で来れんようになったらしい」 「ああ、そうですか」
『何が家庭の都合だ。自分の都合じゃないか』 ぼくは心の中でそう思っていた。 しかし、そういうことは常務の前では言わなかった。
「君は、しろげしんた君だったねえ」 「はい」 「君には井筒屋の別館で勤務してもらう」 「えっ、配達じゃないんですか?」 「配達?」 「ええ」 「配達って、君は免許を持ってないじゃないか」 「そうですけど…。例えば助手とか」 「ああ、助手ねえ。それは別のバイトがやることになっている。まあ、忙しい時に手伝ってもらうかもしれんが」 「はあ…。じゃあ、何をするんですか?」 「これからお歳暮シーズンやろ?」 「はい」 「知っていると思うけど、うちは井筒屋の配送関係を任されとる会社なんよ」 「そうなんですか」 「毎年、お中元やお歳暮の時期になると忙しくてねえ。そこでアルバイトを雇って、本館から別館に商品を移動したり、その商品を地区分けしたりをやっているんよ。で、君には仕分けをやってもらおうと思ってね」
井筒屋と言えば、地場最大手のデパートである。 その当時は、そごうや伊勢丹などはまだなかったから、中元や歳暮と言えば井筒屋であった。 何十万人の区民がそこで買うのだから、その数は半端ではなかった。 それをぼくは、このアルバイトを通じて、身をもって体験することになる。
「あのう、井筒屋には直接行ったらいいんですか?」 「いや、朝はここに来てもらう。ここでトラックに荷物を積み込んでから、井筒屋に移動することになる」 ということで、そのバイトは、トラックに荷物を積み込むところから始まった。
積み荷の場所に行くと、そこにはけっこう多くのアルバイトが集まっていた。 そのアルバイトは、ほとんどが大学生のようだった。 いつも心が晴れない浪人中のぼくには、その人たちの顔は余裕に満ちているように見えた。 そして、「何でこの人たちの中に、自分は入れないのか」と思い、運命を恨んだものだった。 まあ、身から出た錆だから、運命を恨んでも仕方のないことだったが、その時はそう思うことでしか、自分を納得させることが出来なかったのだ。 そして、その「何でこの人たちの中に、自分は入れないのか」という思いが募り募って、ぼくは東京に出ることになるのだ。
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