タクシーは、信号待ちで、そのパトカーの横で停まった。 車が停まると同時に、運転手はほくのほうを振り返った。 「見ましたか?」 「え?」 「死んでましたねえ」 「ええっ!?」 「外に人が倒れてたでしょう?あれは確実ですよ。その横にあった車、へしゃげてましたからね」 そう言われ、ぼくは後ろを振り返って、もう一度事故現場を見た。 が、雨で運転手の言う、外に倒れている人は見えなかった。
信号が青になり、タクシーは出発した。 ところがである。 100mほど走ったところで、またもや運転手が「ありゃー」と言った。 今度は何かと思って外を見てみると、なんとまたしても事故である。 こちらは接触事故らしい。 どちらの事故も、この土砂降りの雨の中を飛ばしていて起きたのだろう。 対向車線は下りだから、きっと帰宅途中での事故なのだと思う。 あとは家に帰るだけなのに、いったい何を焦っていたのだろうか。
そこを通り過ぎて、またもや信号に引っかかった。 すると、運転手は再びぼくのほうを向いて、「死んでたでしょ?」と言う。 ぼくは見てないので何とも言えなかった。 仕方なく、「そういえば、先週この信号の前で事故を見ましたよ」と言った。 「接触ですか?」 「それはどうかわからなかったけど、救急車が来て担架に乗せられてましたよ」 「死んでたですか?」 「さあ?でも、担架上の人は血まみれでしたよ」 「そうですか。じゃあ死んでるかもなあ…」 この運転手は、よほど事故死に興味があるらしい。 案外そのタクシー会社では、事故死を見ることが自慢になるのかも知れない。
そういう話をしている時に、またしても口の中に血がたまってきた。 窓を開けて吐き出そうかと思ったが、大降りの雨はまだやんでいない。 開けたらびしょぬれになるのは必至である。 そこで、目的地まで我慢することにした。 あいかわらず運転手は、さっきの事故の話をしていたが、ぼくにはもう答えることが出来なかった。 答えると、口から血があふれ出すかもしれないからだ。 運転手はそれ以降その話をしなくなった。 それは、急にしゃべらなくなったぼくに気を遣ってのことではなかった。 目的地が近づいたからだった。
お金を払って、降りようとしていると、またもや運転手はぼくに 「やっぱりあれは死んでましたよねえ」と言った。 執念深い人だ。 しかし、これにには答えないわけにはいかない。 とはいえ、見てないものは見ていないのだ。 そこでぼくは、 「よく見えなかったもんで」とひと言いってタクシーを降りた。
タクシーを降りてから、ぼくはすぐに血を吐き出した。 吐き出す時、傘で見えなくしていたから、道行く人に不審がられることはなかった。 もし、これが晴れた日なら、結核患者か何かと間違えられていただろう。 血を吐き終わってから、ぼくは何気ない顔をして忘年会会場に向かったのだった。
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