頑張る40代!plus

2004年07月20日(火) 1977年の夏

【夏の夜】
プレイヤーズ王国に『夏の夜』という歌をアップした。
19歳の夏、ちょうど引きこもっていた頃に作った歌である。
この歌を作るのに、さほど時間はかからなかった。
フッと曲が頭の中に落ちてきて、サッと歌詞が出来上がり、20分後に録音を済ませ、30分後にはアレンジを考えていた。
その結果出来たのが、今回のギター1本のアルペジオである。
このアレンジで、もう27年やっているわけだ。

【曲が落ちてくる】
その頃、よく『曲が落ちてくる』ことがあった。
家に籠もってばかりいて、他にやることがないから、意識がそちら方面に行っていたのだろう。
曲が落ちると言っても、何も曲全体が落ちてくるのではない。
ほんの少しのフレーズが突然頭の中で鳴り出すのだ。
そのフレーズのイメージを膨らませていって、曲が完成するのだ。
さらに歌詞を乗せれば歌となる。
掲示板で鳴っている『湖上』なども、そういうふうにして出来た曲である。

【仙人になりたい】
当時ぼくは仙人に憧れていた。
そのせいだろうか。その頃は毎日麻で出来た白い甚兵衛を着ていたものだ。
家にいる時はもちろん、たまに外出する時も、これを着て出ていた。
仙人に憧れたからといって、何も白い甚平を着る必要もないのだが、その時はなぜか白でいたかった。。
もしかしたら、ピュアでありたかったからなのかもしれない。

さて、なぜ仙人に憧れたかだが、もちろんその頃老荘にかぶれていたせいもある。
が、一番大きな理由は、「仙人」とあだ名されたことがあるからだ。
高校3年の夏休みに、2年時のクラス会をかねて、山にキャンプに行ったことがある。
その時、ぼくがあまりに速く歩くので、ある友人が「しんた、お前は仙人か?もうちょっとゆっくり歩け」と文句を言った。
そのことがあって、キャンプ中、ぼくはずっと「仙人」と呼ばれていたのだ。
ぼくはそう呼ばれることが、なぜか嬉しかったのを覚えている。
当時まだ進路を決めていなかったこともあり、「高校を卒業したら、山に籠もって、仙人にでもなろうか」などと思ったものだ。

高校卒業後、大学には落ちる、就職も出来ない、アルバイトの面接すら落とされるなど、何をやってもうまくいかない。
そういう時、またその思いが頭をもたげてきた。
ぼくが老荘を読み出したのも、そのせいである。
「仙人になる」と言っても、ぼくは、仙人になるための方法を知らなかった。
また山に籠もる勇気もなかった。
その結果、家に籠もることになる。

引きこもりの時期が終わり、積極的に外に出るようになってから後は、「仙人になりたい」などとは思わなくなった。
おそらく、社会への恐れが払拭されたからだと思う。
結局「仙人になりたい」というのは、ぼくの現実逃避にすぎなかったのだ。
今となっては、白い甚兵衛も着たいとは思わない。


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