そうこうしているうちに、嫁さんの番が来た。 「お待たせしました。お入り下さい」 そこで医師は、通り一遍の診察をした後に言った。 「レントゲンを見る限り、骨には異常はないようですね」 整形外科医は、何かあると、すぐに骨折に結びつけたがるものである。 ところが、次の言葉に驚いた。 レントゲンで骨には異常がないと自分で言っているくせに、「では、『骨折の疑いがある』ということにしておきますので、整形外科に行って、その旨を話し、もう一度レントゲンを撮ってもらって下さい」と言ったのだ。 それを聞いて、ぼくは『こいつ自信がないのか』と思ったものだった。
医者が「どこか、かかりつけの整形外科はありますか?」と聞いた。 「いいえ」 かかりつけの整形外科があるほど、嫁さんは怪我をすることはない。 もちろんぼくにもない。 「いずれにしろ、明日整形外科に行って、レントゲンを撮ってもらって下さい。では、今日はギプスをしておきますので」 足をくじいたくらいでギプスはないだろう。 嫁さんが「ギプスをしないといけないんですか?」と聞くと、医者は「いちおう骨折の疑いがあるので、今日はこれで固定しておかないと。明日病院に行って、骨折でなければ外してけっこうです」
それを命じられた看護婦は、すぐにギプスを持ってきた。 ギプスをはめながら看護婦は言った。 「奥さんは松葉杖を突いたことありますか?」 「いいえ」 「ギプスをしていると不便でしょうから、松葉杖を3千円でお貸ししますので…。ああ、これは保証金です。松葉杖を返してもらったら、もちろんお金はお返ししますよ」
ギプスをし終わった後、看護婦は松葉杖を持ってきて、演技指導を始めた。 「こうやって、こうですね。じゃあ、やってみましょう」 嫁さんがやると、「ああ、お上手ですねえ。それでいいです。じゃあ、骨折の疑いが晴れるまで、これを使って下さい。いらなくなったら、持ってきて下さい。お金をお返ししますので」
その後手続きを終え、ぼくたちは急患センターを出た。 着いたのが9時前、出たのが11時だったので、およそ2時間急患センターにいたことになる。 帰りの車中、その2時間のことをいろいろ思い起こしていたのだが、その時、あることに気がついた。 それは、嫁さんは診察は受けたものの治療を受けてない、ということだった。 ギプスをして、松葉杖の指導を受けた以外、マッサージをするわけでも、湿布をするわけでもなかった。 あげくに「治療は整形外科で受けてくれ」と言う。 一体何のための急患センターなんだろうか。 あれでは、赤ん坊は泣きやまないし、じいさんの血圧は下がらないだろう。
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