家から歩いて20分ほどの場所に、けっこう大きな公園墓地がある。 いつの頃に出来たのかは知らないが、ぼくが小学校に通っている頃にはもう出来ていた。 ぼくたちのクラスは、運動会のリレーやマラソン大会の練習で決まってここを使っていた。 その公園墓地の一番見晴らしのいい所からは、小学校の校区が見渡せた。 東側は一面田んぼの風景で、西側は深い森になっていた。 その西側の深い森のことを、地域の人は『えびす谷』と呼んでいた。 なぜ『えびす谷』なのかという詳しいことは知らないが、友人から「そこにえびす様の祠があるからだ」と聞いたことがある。
夕闇がかかると、そのえびす谷にぼんやりとした灯りが、一つ二つ浮かんだ。 しかし、それはえびす様の祠の灯りではなく、民家の灯りだった。 人が住んでいたのだ。
さて、時は流れて、現在その地がどうなっているのかというと、高級住宅地になっているのだ。 近くに医大が出来たせいか、その付近にたくさんの病院が出来た。 市は、そこの医者のためにえびす谷を切り開き、分譲地にしたのだ。 そこに建っているのは建売り住宅ではなく、どの家も注文住宅である。 何年か前に、そこを歩いてみたことがあるが、新たに小学校が出来、どこまでも住宅が続いており、まさかそこがかつて『えびす谷』と呼ばれていた場所だとは思えなかった。
さて、校区内にはもう一つ『谷』のつく、『アケビ谷』という場所があった。 その名の通り、アケビの木が多く生えているところで、秋になるとたくさんのアケビの実がなるという。 残念ながら、ぼくはそこに行ったことがない。 理由はアケビが好きではなかったからだ。 まあ、仮にアケビが好きだとしても、当時は忍者マンガの影響で『谷』のつく場所には毒ガスが出ると思っていたので、行かなかっただろう。 もちろん、当時のえびす谷にも行ったことはない。 ということで、その『アケビ谷』の所在は今もってわからない。 おそらくそこも、宅地になっていることだろう。
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