昨日の日記の終わりに飛び降り自殺のことを書いたが、実は、飛び降り自殺の遭遇はこれで2件目なのである。 1件目は、今住んでいるところで起きたのではなく、ぼくがまだ実家にいた頃に起きた。
ぼくの実家は県の団地である。 ぼくが物心つく前から社会に出るまで、ずっと2階建ての県営住宅に住んでいた。 その頃、周りの平屋の市営住宅が次々と高層化していった。 県のほうも「これではいかん」と思ったのだろう、「ここも高層団地にいたします」というおふれを出した。 そこで、建て替えるまでの約1年の間、市の高層団地で生活することになった。
その高層団地は13階建てで、出来て間もない団地だった。 10階から13階までが県住住民のスペースになった。 ところが、そこにわがままなばあさんがいた。 「私は足が悪いから、そんな高いところでよう生活しきらん」と言うのだ。 13階とはいうものの、ちゃんとエレベーターも完備してあるので、1階や2階よりは湿気の少ないぶん過ごしやすい。 しかも、日当たりは低い階よりもずっとよく、健康的である。 県のほうもそのへんを説明したのだが、ばあさんは頑固で、自分の意見を曲げようとしない。 しかたなく、県も市も折れて、このばあさんに1階の部屋を与えることにした。
そこに住み始めて半年ばかり過ぎた頃、事件が起こった。 朝方、妙に下の方がざわめいている。 何だろうと思って見てみると、パトカーや救急車が停まっている。 ぼくは、さっそく家を飛び出して事情を聞きに行った。 どうやら飛び降り自殺があったらしい。 飛び降りたのはサラリーマン風の男性で、持ち物からそこの住民ではないことがわかった。 みな口々に「迷惑な話ですなあ」などと言い合っている。
その日、会社から帰ると、事件現場には花が置かれ、塩がまいてあった。 家に帰ると、さっそくその話題になった。 母は「落ちた位置がちょうど頑固ばあさんの家の前なんよ」と言った。 「ふーん」 「それでね、ばあさんはさっそく、『こんな縁起でもない場所に住みたくない。家を替えてくれ』と、管理人さんの所に怒鳴り込んでいったらしいよ」 「わがまま言うけ、そんな目に遭うんたい」 「そうそう、管理人さんも、『あなたがわがままを言って、その場所にしてもらったんでしょうが。今更部屋を替えるわけにはいきません』と言って突っぱねたらしよ」 「馬鹿やねえ」 「でも、ばあさんは『あんたに言うても埒があかん。県に訴えてやる』と捨てぜりふを吐いて帰ったらしいよ」 しかし、県や市が動くことはなかった。 結局ばあさんは、残りの半年間を、自殺者の霊が漂う場所で暮らしたのだった。 めでたし、めでたし。
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