今日は休みだったのだが、朝方ちょっと用があって会社に行った。 滞在時間は40分。 残っているといろいろ仕事をさせられるので、用が済むとさっさと帰った。 帰る途中のこと、ふと「せっかく出たんだから、ちょっと遠回りしてかえるか」という気分になった。 とはいえ、郊外まで足を伸ばすと、家に帰り着くのが遅くなる。 「さて、どこに行こう?」と迷ったあげく、ぼくは車を山手に向かわせた。 久しぶりに母校(高校)を見てみようと思ったのである。 国道から外れて、南側に車で5分程度行ったところに高校はある。 住宅街にあるせいか、学校付近の風景は、ぼくが通っていた27年前とさほど変っていない。 多感な時期にしっかり記憶に刻み込んだ風景が、今もそこにあるということだ。 これはもう財産である。
高校内は進入禁止になっているので、校門の前に車を停めて、学校の中に入った。 校門から校舎に続く道沿いにある、桜並木が当時のままに残っている。 そういえば、在校中、学年集会の時に先生が「この学校に入学した時、校門を入ると一杯の桜の花が出迎えてくれたやろうが。それを見ていい学校だなあと思わんかったか? そのいい学校の風紀を乱しているのは、お前たちだ!」とよく言っていたが、今になって考えてみると、あれはこじつけである。 まあ、いい学校に比したくなるくらい、満開時の桜並木はきれいだったが。
校舎はほとんど建て変っていたが、本館だけは昔のままだった。 その、本館の玄関の下駄箱に、来客用のスリッパが置いてある。 高校受験の時だった。 ぼくの中学からは、男子3人女子10人がその高校を受験したのだが、男子は3人とも上履きを持って行かなかった。 そこで、そこにあった来客用のスリッパを勝手に借りて履いていた。 ところが、それが見つかってしまい、「お前たちのような奴は、この高校に来なくていい」とまで言われてしまった。 スリッパはもちろん取り上げられた。 しかたないので、履いてきたスニーカーのまま、教室に上がった。 が、それに関しては何もお咎めを受けなかった。 しかも、3人とも合格だった。
また、その玄関を入ったところに、当時公衆電話があった。 3年の時だったか、自習時間に、友人がぼくのところにやってきて、「受験する大学に電話で聞きたいことがあるけ、付いてきてくれん?」と言う。 ぼくはやることがなく暇だったので、玄関横について行った。 ところが、友人がお金を入れダイヤルを回したところで、進路の先生に見つかってしまった。 「お前たち、ここで何しよるんか?」 友人は電話をかけている。 しかたなくぼくが受け答えした。 「電話してます」 「電話しよる? お前、今授業中やろうが」 「はあ」 「じゃあ、何でこんな所におるんか?」 「はあ、自習ですから」 「自習だからといって、教室からでたらいかんやろうが。電話を切って戻りなさい」 「ちょっと待って下さい。彼は今大学に電話してるんですよ」 「それがどうした」 ぼくはカチンと来た。 「それがどうしたっちゃ何ですか。彼は今進路の問題で電話してるんですよ。大事な電話をかけてるんです。静かにして下さい!」 「何かお前は。先生に反抗するんか!?」 「反抗してないでしょうが。人が電話している時に、横でごちゃごちゃ言わんで下さいと言ってるんです!」 「・・・、もういい。電話がすんだらさっさと教室に戻りなさい」 そう言うと、その先生は職員室に戻って行った。
友人が受話器を置いたので、ぼくが「どうやった?」と聞くと、彼は「出らんかった」と言った。 「えーっ? ちゃんとしゃべりよったやないか」 「いや、先生がおったけ、切るに切れんかったんよ。だけ、話しよるふりしとった」 ふざけた奴である。 こちらは電話しているものとばかり思って、必死に先生と闘っていたのだ。 あげくに彼は、「しんたがあの先生を殴るんやないかと思ってヒヤヒヤしたわい」とまで言う。 言葉のやりとりで頭にきて、つい先生を怒鳴りつけたのだが、最初はこちらのほうがヒヤヒヤしていたのだ。 本当にふざけた奴である。
さて、母校にどれくらいいただろうか。 おそらく校舎の中では、後輩たちが課外授業を受けているのだろう。 グラウンドには、まだ誰もいない。 よその学校のグラウンドなら、午前10時ともなれば、野球部が声を張り上げて打球を追っているだろう。 さすがに母校である。 少なくとも、ぼくが生きている間、甲子園に行くことはないだろう。 そんなことを思いながら、ぼくは母校を後にした。
|