頑張る40代!plus

2003年08月05日(火) 母校に行く

今日は休みだったのだが、朝方ちょっと用があって会社に行った。
滞在時間は40分。
残っているといろいろ仕事をさせられるので、用が済むとさっさと帰った。
帰る途中のこと、ふと「せっかく出たんだから、ちょっと遠回りしてかえるか」という気分になった。
とはいえ、郊外まで足を伸ばすと、家に帰り着くのが遅くなる。
「さて、どこに行こう?」と迷ったあげく、ぼくは車を山手に向かわせた。
久しぶりに母校(高校)を見てみようと思ったのである。
国道から外れて、南側に車で5分程度行ったところに高校はある。
住宅街にあるせいか、学校付近の風景は、ぼくが通っていた27年前とさほど変っていない。
多感な時期にしっかり記憶に刻み込んだ風景が、今もそこにあるということだ。
これはもう財産である。

高校内は進入禁止になっているので、校門の前に車を停めて、学校の中に入った。
校門から校舎に続く道沿いにある、桜並木が当時のままに残っている。
そういえば、在校中、学年集会の時に先生が「この学校に入学した時、校門を入ると一杯の桜の花が出迎えてくれたやろうが。それを見ていい学校だなあと思わんかったか? そのいい学校の風紀を乱しているのは、お前たちだ!」とよく言っていたが、今になって考えてみると、あれはこじつけである。
まあ、いい学校に比したくなるくらい、満開時の桜並木はきれいだったが。

校舎はほとんど建て変っていたが、本館だけは昔のままだった。
その、本館の玄関の下駄箱に、来客用のスリッパが置いてある。
高校受験の時だった。
ぼくの中学からは、男子3人女子10人がその高校を受験したのだが、男子は3人とも上履きを持って行かなかった。
そこで、そこにあった来客用のスリッパを勝手に借りて履いていた。
ところが、それが見つかってしまい、「お前たちのような奴は、この高校に来なくていい」とまで言われてしまった。
スリッパはもちろん取り上げられた。
しかたないので、履いてきたスニーカーのまま、教室に上がった。
が、それに関しては何もお咎めを受けなかった。
しかも、3人とも合格だった。

また、その玄関を入ったところに、当時公衆電話があった。
3年の時だったか、自習時間に、友人がぼくのところにやってきて、「受験する大学に電話で聞きたいことがあるけ、付いてきてくれん?」と言う。
ぼくはやることがなく暇だったので、玄関横について行った。
ところが、友人がお金を入れダイヤルを回したところで、進路の先生に見つかってしまった。
「お前たち、ここで何しよるんか?」
友人は電話をかけている。
しかたなくぼくが受け答えした。
「電話してます」
「電話しよる? お前、今授業中やろうが」
「はあ」
「じゃあ、何でこんな所におるんか?」
「はあ、自習ですから」
「自習だからといって、教室からでたらいかんやろうが。電話を切って戻りなさい」
「ちょっと待って下さい。彼は今大学に電話してるんですよ」
「それがどうした」
ぼくはカチンと来た。
「それがどうしたっちゃ何ですか。彼は今進路の問題で電話してるんですよ。大事な電話をかけてるんです。静かにして下さい!」
「何かお前は。先生に反抗するんか!?」
「反抗してないでしょうが。人が電話している時に、横でごちゃごちゃ言わんで下さいと言ってるんです!」
「・・・、もういい。電話がすんだらさっさと教室に戻りなさい」
そう言うと、その先生は職員室に戻って行った。

友人が受話器を置いたので、ぼくが「どうやった?」と聞くと、彼は「出らんかった」と言った。
「えーっ? ちゃんとしゃべりよったやないか」
「いや、先生がおったけ、切るに切れんかったんよ。だけ、話しよるふりしとった」
ふざけた奴である。
こちらは電話しているものとばかり思って、必死に先生と闘っていたのだ。
あげくに彼は、「しんたがあの先生を殴るんやないかと思ってヒヤヒヤしたわい」とまで言う。
言葉のやりとりで頭にきて、つい先生を怒鳴りつけたのだが、最初はこちらのほうがヒヤヒヤしていたのだ。
本当にふざけた奴である。

さて、母校にどれくらいいただろうか。
おそらく校舎の中では、後輩たちが課外授業を受けているのだろう。
グラウンドには、まだ誰もいない。
よその学校のグラウンドなら、午前10時ともなれば、野球部が声を張り上げて打球を追っているだろう。
さすがに母校である。
少なくとも、ぼくが生きている間、甲子園に行くことはないだろう。
そんなことを思いながら、ぼくは母校を後にした。


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