ある日のこと、他のクラスと練習試合をやっている時だった。 彼はサードを守っていた。 相手の打ったゴロをさばいて、ファーストに転送した。 ところが、その球が高かったために、ファーストが球を捕れず、ランナーはセーフになった。 ファーストが「おーい、もうちょっと低い球を投げれ」と言うと、Iは「あんな球も捕れんとか!?」と言った。 ファーストはカチンと来た。 しかし、その場は黙っていた。
その後の回である。 再びIのところに球が来た。 ところが、Iはそれを普通通りに投げずに、ゴロで投げた。 そして「ちゃんと、低い球投げたぞ」と言った。 これにはファーストも怒った。 危うくつかみ合いのけんかになりそうになった。 そのあげく、Iは「放棄試合や!」と言って帰っていった。 去っていくIの後ろ姿を見ながら、みんなは「バーカ、早よ帰れ」と言った その後で「さあ、野球始めようか」と、ぼくたちは彼抜きの野球を楽しんだ。
そういう奴と、同じ子供会だったものだから、たまったものじゃない。 試合は7月なのに4月から練習を始めるし、練習を休むと迎えにくるし、雨が降っても練習するし。 また、ぼくは左打ちなのに、左打ちが自分の理論にないためか、無理矢理右で打たせたりした。 そのせいで打てないと、文句を言ってくる。 しかも、たかだか子供会の試合なのに、100本ノックなどをやっている。 練習の後は、ミーティングである。 とにかく、子供会の会長が彼をキャプテンに据えたものだから、ろくなことがなかった。
ある日、Iは練習に星座図鑑を持ってきた。 練習中に彼は、その星座図鑑を開き「よし、これに決めた」と言った。 何だろうと思っていると、Iは「この○座の何番目の星が、おれの巨人の星や!」と言った。 みんな呆れてものが言えなかった。 お前は星飛雄馬か! だいたい、その星が北九州で見えるのか!? その当時、Iの好きな言葉は『根性』だった。 そう、完全に『巨人の星』にかぶれていたのだ。
試合月の7月になった。 空模様は、今年の天候と同じく、「雨時々晴、所により雷雨または大雨の恐れ」といった状況だった。 それでも、Iの横暴は止まなかった。 「いいか、絶対優勝するんやけの!」 みんなもう冷めていた。 優勝なんかどうでもよかった。 とにかく、早くこの馬鹿げた練習から解放されたかった。
そして夏休み。 いよいよ試合が始まった。 1回戦は何とかものにしたが、打席にはいると、Iがいちいち指図するものだから、みんな不満を抱いていた。 それでもIは「いいか、おれの言う通りにやったら、絶対優勝するんやけの!」と言ってはばからなかった。 2回戦、もうみんなやる気がなかった。 しかし、Iは指図してくる。 「いいか、あそこに打つんぞ」 しかし、小学生にそういうことを言っても、そうそう狙い通りに打てるものではない。 結局、試合はIの指図通りの動いた、我がチームの負けであった。
試合が終わった後、一人だけ悔し泣きしている奴がいた。 Iではなかった。 5年生だった。 それを見たI以外の誰もが、「泣かんでいいやないか。喜べ、やっとあの練習から解放されるんぞ」と言って慰めた。 それを聞いて、彼は泣くのを止めた。 ところが、泣きやんだ彼の口から出た言葉は、「来年はもっと練習して、優勝する!」だった。 知らなかった。 バカはもう一人いた。
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