| 2003年07月09日(水) |
彼女は自分のことを『クミチン』と呼んでいる |
ぼくの店に、クミチンという女性従業員がいる。 50歳前の普通の主婦なのだが、行動が少し変である。 最初の頃こそ、ぼくも普通に見ていたのだが、時間を追うごとに、彼女の偉大さがわかってきた。 また、それを裏付けるエピソードも耳にするようになった。
ある時、クミチンが「半額だった」と言って、隣のスーパーでペットボトル入りのジュースを10本近く買ってきた。 車もないのに、どうやって持って帰るのかと思っていると、「重たいから、今日は持って帰れない。明日持って帰ろう」と言い、会社に置いて帰った。 ところが翌日、そのジュースをアルバイトの学生に「飲んで下さい」と1本ずつ配ったという。 全員に配り終えた後、クミチンは一言言った。 「ああ、これで軽くなった」
改装の時、ぼくの売場を手伝ってもらった。 「Hさん(クミチンのこと)は、まずこの列の商品の清掃をやって下さい」 この列とは、わずか什器8台分である。 長さにすると、7メートル足らず。 クミチンは無表情にうなずき、清掃を始めた。 1時間後、クミチンは最初の什器にの商品を磨いていた。 2時間後、クミチンはまだ最初の什器の商品を磨いていた。 3時間後、クミチンの相棒は、早くも2列目に取りかかっていた。 クミチンはというと、やっと2台目の什器にさしかかったところだった。 4時間後、休憩。 5時間後、クミチンはまだ2台目をやっていた。 6時間後、ようやく3台目に入ったクミチンは、居眠りを始めた。 7時間後、クミチンの相棒は、すでに3列目に入っている。 クミチンは、まだ3台目をやっていた。 8時間後、「残りは明日しまーす」と言って、帰っていった。 その日クミチンが磨いた商品は、什器3台分だった。
リニューアル・オープンの時、化粧品の宣伝販売をやっていた。 「今日は半額です」という声を聞いたクミチンは、仕事中からそわそわし、「仕事が終わったら、行かないけん」と言っていた。 仕事が終わり、私服に着替えると、クミチンは一目散に化粧品売場に走って行った。 目の色が違っていた。 そこに集まったお客さんは、笑顔で宣伝販売の兄ちゃんの言うことを聞いていた。 しかし、クミチンは違った。 がっしりとした体を左右に揺らしながら、兄ちゃんを食い入るように見つめていた。 「みなさん、手を出して下さい」と言う兄ちゃんの声に反応したクミチンは、後ろのほうから体を乗り出して、一番前に手を突き出した。 あいかわらず、真剣な表情である。 そこで化粧品を手に塗ってもらっていたが、クミチンは満足そうな顔をしていた。
ある日、ぼくの売場のそばをクミチンが歩いていた。 何をしているのだろうと、少し離れたところから見ていると、クミチンは突然立ち止まり、右側を向いた。 どうやら、そこにある商品が気になっている様子だった。 ほどなく動き出したが、やはりその商品が気になっているようで、そちらを見ながら歩いていた。 その時だった。 他のお客さんとぶつかってしまったのだ。 ハッとしたクミチンは、慌てて「すいません」と謝った。 が、あいかわらず顔は右を向いたままだった。
今日のこと。 仕事中にクミチンは、足を床にとんとんと叩きつけていた。 何をやっているのだろうと見ていると、突然クミチンは靴を履いたまま靴下の中に手を入れた。 そして、掻きだした。 どうやら、クミチンは足の裏が痒かったようだ。 しかし普通足が痒い時、それが仕事中といえども、靴を脱いで、靴下の上から掻くものである。 上記のような難しい動作をする人も珍しい。 さすがクミチンである。
ところで、今日の日記のことは、クミチンには何も言ってない。 クミチンのことを知っている人、内緒にしといて下さい。
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