| 2003年06月27日(金) |
ショートホープ・ブルース(歌詞編 下) |
9月になって、例の友人が「ポプコンに応募した?」と聞いてきた。 「いいや」 「どうして?」 「もう、あの歌はうたわん」 「え?」 「難しいんよ。おれにはとうてい歌えん」 「そうか。もったいない…」 ということで、その後『ショートホープ・ブルース』を人前で歌うことはなくなった。
それから10年が経った頃のことである。 ある友人から、「今度結婚するんよ。ぜひ弾き語りやってもらいたいんやけど」と言われた。 「弾き語りか…。拓郎の歌でいいか?」 「いや、しんたのオリジナルがいい」 オリジナルと言われても、ぼくがその頃人前で歌っていた歌は、すべて別れの歌ばかりだった。 「別れの歌しかないぞ」 「いや、あれだけオリジナルがあるんやけ、何かあるやろ」 その時、ぼくの頭に『ショートホープ・ブルース』が浮かんだ。 「ないことはないけど、ずっと歌ってない歌やし…」 「そうか。じゃあ、それ歌って」
「ショートホープ・ブルースか…」 ぼくは途方に暮れた。 10年以上も歌ってない歌である。 しかも、披露宴には200人以上の人が来るという。 渋々引き受けたものの、ぼくはその時から緊張してしまった。
とにかく練習である。 幸い、その当日勤めていた会社には、使っていないスタジオがあった。 ぼくは、仕事が終わったあとで、そのスタジオで練習することにした。 さすが10年のブランクである。 元々うまく歌えない歌が、さらにうまく歌えなくなっている。 それでも、毎日1時間以上は練習した。 家に帰っても練習で、結婚式までの2ヶ月間は、まさに『ショートホープ・ブルース』漬けだった。
そして当日。 午前中、ぼくは家で最後の練習をした。 ところが、その時不思議なことが起きた。 『ショートホープ・ブルース』を歌っている時、急に思考と体がバラバラになるような感じがした。 そのとたん、勝手に口が動き出した。 どこにも力が入ってない。 おそらくこういう状態を自然体と言うのだろう。 ぼくはそう思いながら、勝手に歌う自分の口を見ていた。
さて、いよいよ本番である。 やはり自信がない。 横に後輩が座っていた。 彼はかつてバンドをいっしょにやっていたメンバーで、この『ショートホープ・ブルース』を知る、数少ない人間の一人だった。 「おい、やっぱり他の歌をうたう」 と、ぼくが弱音を吐くと、後輩は「何言いよるんね。ちゃんとショートホープ歌って下さい」と言う。 そこで、ぼくは開き直った。 もう矢でも鉄砲でも持ってこい、といった気分だった。
「では、新郎のお友達を代表して、しろげしんたさんに歌ってもらいましょう」という無責任なMCの声と共にぼくは登場した。 「今日は何を歌ってもらえますか」 「はい、オリジナルで『ショートホープ・ブルース』という歌を」 「では、お願いします」
ぼくは歌い始めた。 昼間の状態がまだ続いているようで、勝手に口が動き出した。 意識は、そこにいる人、一人一人を見る余裕があった。 およそ4分後、歌い終わったぼくに待っていたものは、大きな拍手だった。 人前で歌って、これほど感動したことはなかった。 席に戻ると、友人たちがぼくに駆け寄った。 「しんた、よかったぞ」 彼らは異口同音に、ぼくの歌を讃えてくれた。
それ以来、ぼくは人の結婚式で歌を依頼されると、決まってこの歌をうたってきた。 なぜなら、生まれてからこの方、一番多く歌った歌であるからだ。 あいかわらず自分のものにはなってないが、練習の重みはどのオリジナル曲よりも勝っている。 その分、この歌の持つ独特の特徴や癖を熟知しているつもりである。 おそらくこの先も、この歌をうたっていくだろう。 いつか、「やさしすぎる君の頬」に再開する日のために。
ちなみに、歌のおにいさんに入っている『ショートホープ・ブルース』は39歳の時に録音したものである。
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