まず手始めにぼくが打った。 見事命中した。 しかし、鳩はキョトンとした顔をしている。 追うと、奥に籠もってしまい出てこようとしない。 次は取引先の番である。 しかし、口ほどにもなかった。 何度かゴム銃作戦をやったのだが、効果がなかった。 おそらく傍で見ていた人は、中年が二人で遊んでいるとしか見えなかっただろう。 しかし、少なくともぼくは真剣だった。
ゴム銃作戦に失敗したぼくは、威嚇作戦に出た。 鳩のとまっている付近を、例の虫捕り網で叩き、他の場所に移すのだ。 鳩が高い場所にとまっていたので、ぼくは脚立を用意した。 鳩と目があった。 ぼくは持っていた網で、鳩の足下をドンと叩いた。 鳩は後ろに退いた。 もう一度、ドンと叩いた。 再び鳩は退いた。 もう一度… 何度やっても、鳩は後ろに退いてしまう。 このままだと鳩との距離が開いてしまうばかりである。 そこで、ぼくは鳩の横あたりを、ガンガン叩いてみた。 すると、それまで後ろに退いていた鳩が、早足で前に出てきた。 「これだ!」と思ったぼくは、再び鳩の横あたりをガンガンやった。 思惑通りだった。 鳩はそれ以上前に出られないのを悟ると、サッと飛び上がった。 そして再び店内を飛び始めた。
ここからぼくと鳩の一騎打ちが始まった。 ぼくの目的はただ一つ、鳩を捕まえることだった。 そのために策を練った。 すばしっこく飛び回る鳩に、人間は太刀打ちできるはずがない。 その上、相手は障害物なく飛び回れるが、こちらは数々の障害物を気にしながら追いかけなければならず、闇雲に網を振り回すだけでは、捕まるはずがないだろう。 そこで鳩を追い回して、疲れさせる作戦をとった。 どこかにとまったら、すぐに網攻撃を加える。 鳩はまた飛び回る。 そして、またどこかにとまる。 そこを休ませない。
時間が経つうちに、だんだん鳩が疲れてきているのがわかった。 方向感覚がなくなってきているようだった。 あっちにふらふら、こっちにふらふら飛んでいる。 こうなれば後は時間の問題である。 ぼくはふらふらになった鳩を追いかけていった。
そしてついに、鳩が地面に降りてきた。 「チャンス!」 ぼくはゆっくり鳩に近づいていった。 ところがその時だった。 子供がバタバタ走ってきたのだ。 その音に驚いた鳩は、最後の力を振り絞って、吹き抜けの2階窓まで飛んで行った。 万事休すである。 しばらく鳩を見ていたが、降りてくる気配はなかった。 ついにぼくも諦めた。
鳩を追い回し始めてから20分が過ぎていた。 その間、ぼくは走り続けていたのだ。 後になって疲れが一気に襲ってきた。 そういえば、風邪を引いていたが、それはどこにに行ったのだろう。 あれだけ走っても咳は出ないし、気分も悪くならない。 今回の風邪は、どうやら運動不足から来ていたものらしい。
午後になった。 遅番のパートさんがやってきた。 「こんにちはー。午前中ご活躍だったそうですね。」 「え?」 「鳩追っかけてたんでしょ?」 もうその頃には、鳩のことはすっかり忘れていた。 「みんな言ってましたよ。しんちゃんが少年の目をして鳩を追っかけてたって」 「え?」 「昆虫採集やってる子供と同じ目ってことですよ」 どうも熱くなりすぎたようだ。
あれから鳩はどうなったか? しばらく2階窓にとまっていたが、日が差し込む場所なので、暑くなったのだろう。 降りてきて、そのまま外に出て行ったという。 何か馬鹿にされたような気がする。 今度は負けんわい!
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