休みなしで働いたというわけではないが、一ヶ月に2回しか休まなかったことがある。 前の会社にいた時だ。 あの時も改装だった。 どうも、改装と休みとは相性が悪いようだ。
そういえば、その改装の時、面白いことがあった。 あの頃、店には7つの課があったのだが、その課の責任者は改装期間中休みを取ってはいけないことになっていた。 ぼくもその責任者の一人だったため、休みを取らなかった。 で、出社して何をやっていたのかというと、電話番である。 「電話番に7人もいらんやろう」という声もあったが、至上命令だから仕方がない。
さて、その電話番をしている時に、ぼくは面白い電話を受けた。 「ありがとうございます。○○店ですけど」 「あのう、Mですけど」 Mとは、出社している責任者の一人の名前で、電話の主は奥さんだった。 少し声が暗かった。 「あ、お世話になっています」 「すいません。Mはいるでしょうか?」 「Mさん…」 と、周りを見回すが見あたらない。 他の人に「今日Mさんは来てましたかねえ」と聞くと、「いや、見かけんよ」と言う。 そこでぼくは、「Mさんは、ちょっと出かけているようですけど」と言った。 すると奥さんは、「あのう、今そんなに仕事が忙しいんでしょうか?」と聞く。 「え?」 電話番が、忙しいはずがない。 「いや、昨夜主人から、『今日は仕事が忙しいから帰れない』という電話があったもんで…」 「!!!」
こういう受け答えが一番困るものだ。 下手なことは言えない。 多くを語ると怪しまれる。 「ああ、そうでしょうねぇ。彼の部署が一番忙しいですからねぇ」 「あ、そうですか」 電話の向こう側の雰囲気が、なんとなく明るいものに変わった。 「ええ。とにかくMさんが帰ってきたら、電話させますから」 と言って、ぼくは電話を切った。
ぼくは周りの人に、「Mさん、昨日帰ってないらしい」と言った。 みな口々に「まずいなあ」と言った。 「おそらく、あの女といっしょなんやろう」 「誰か、あの女の電話番号知らんか?」 「あ、おれ知っとるよ」 「ちょっと電話入れてみて」 「・・・」 「出らん!」 「ホテルでも行っとるんかのう」 「あんな女のどこがいいんかのう」 「Mさんも馬鹿やなあ」 「とにかく、どうしょうか」 と、みんなは頭を抱えた。
その時だった。 電話のベルが鳴った。 今度は他の人が受けた。 「はい、もしもし…」 「・・・」 「あ、Mさん」 ここで、どよめきが起こった。 「あんた今大変なことになっとるよ」 「・・・」 「とりあえず、家に電話入れたほうがいいよ」 「・・・」 「しんたが『出かけとる』と言っとるけ、口裏合わせとくんよ」 「・・・」 「ああ、わかった。すぐかけるんよ」 その日Mさんは姿を現さなかった。 その後どうなったのかは知らないが、噂では何事もなかったということだった。
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