今年は蚊が少ない。 家でも、会社でも、あまり刺された覚えがない。 平年なら、汗ばんだ体に蚊が何匹もまとわりつくのがうっとうしいのだが、今年はそれがない。 7月の頭に何度か刺されたが、それを最後に今年は刺されていない。 毎年この時期になると、蚊取り線香のにおいを嗅ぐのを楽しみにしているのだが、どうやら今年はこの季節の風物詩を味わうことが出来そうにない。
さて、その蚊に刺された時だが、以前はよくムヒやウナコーワといった類の塗り薬を塗っていた。 こういうのを塗ると、一時的にはスッとして痒みが治まるのだが、ある時間がたつと、また痒くなってくる。 もう一度ムヒ等を塗るのだが、今度はあまり効き目がない。 効き目がないとなると、変にこの痒みに執着してしまうことになる。 刺された場所によっては、あまりの痒さにのた打ち回ることもある。 ある時、忍者関係の本を読んでいると、「鼻の脂が炎症に効く」と書いてあった。 半信半疑でこれを試してみたのだが、痒みがスッと引いてしまった。 その後痒みがぶり返すことはなかった。 ほどなく腫れのほうも引いてしまった。 それ以来、ぼくは蚊に刺されると、この「鼻の脂の術」を使うことにしている。 しかし、今年は蚊が少ないから、この術も使わなくてすみそうだ。
少なくなった蚊とは対照的に、ゴキブリの数が増えている。 ここ数日、少なくとも5匹は見ている。 もちろん成虫である。 突然「ムッ」とした表情で彼らは現れ、こちらが叩く道具を探しているうちにさっさと逃げてしまう。 どうしてこうタイミングが悪いんだと、いつも悔しい思いをしている。
ゴキブリに関しては、小さい頃に親から「触ったら病気になる」などと吹き込まれたため、後々までゴキブリに凄い恐怖心を抱いていた。 ゴキブリを見ると、「死ぬんじゃないか」とまで思いつめていた時期もあった。
それを克服したのは、小学校高学年になってからだった。 当時ぼくは、ひよこを一羽飼っていた。 飼い始めた当初は鳥の餌を与えていたのだが、そのうち勝手に虫などを捕まえて食べるようになった。 ある日ゴキブリを見つけた。 たまたま手元に蠅たたきがあったので、ぼくは恐る恐るゴキブリを叩いた。 見事命中のはずが、かすっただけに終わった。 しかし、ゴキブリはこの一撃でかなり弱っている。 その時ぼくの後ろにいたひよこが、そのゴキブリめがけて突進してきた。 そして嬉しそうに、そのゴキブリをムシャムシャと食べだした。 「おい、死ぬぞ」と言ったが、お構いなしだった。 その後、ひよこに変わったところはなかった。 ますます元気になっているように思えた。 その日からひよこは、ぼくが蠅たたきを持つと、喜んで着いてくるようになった。 蠅や便所蜂など、ぼくが蠅たたきで叩いたものはすべて食べる。 その中でも、一番の好物はゴキブリのようだった。 ゴキブリを一匹たいらげると、ぼくの顔を覗き込み、「もっとくれ」というような顔をする。 こうなると、ぼくもゴキブリが怖いなどと言っておれなくなった。 家のゴキブリは絶滅したんじゃないか、と思えるくらい叩きまくった。 そのうちゴキブリに対する恐怖心は消えていった。 その後、ひよこはすくすくと成長した。 団地で飼うことは不可能なので、親戚が引き取っていった。 最後は立派な鶏肉になったということだ。 ぼくに「今日鶏鍋するけ、食べに来い」と言ってきたが、さすがにぼくは遠慮した。 そこには情もあったが、何よりもそのひよこの嗜好を知っていたからだ。
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