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2002年06月07日(金) ソノちゃんシリーズ最終話

なんか、『ソノちゃんシリーズ』になった感がある。
が、今日もソノちゃんで攻めます。

ソノちゃんは蛙みたいな顔をしていた。
それで付いたあだ名が『ビキタン』だった。

この人が、朝礼をする時、いつも「んだ、朝礼を始めます」というふうに、「んだ」とよく言っていた。
この「んだ」は「それでは」ということである。
ぼくたちは、いつもソノちゃんが何回「んだ」と言うか数えていた。

ぼくたちが、「ソノちゃんは変だ」と思うようになった出来事がある。
昼食中に、ぼくたちはある人の噂話をしていた。
「・・、で、それが原因で別れたらしいよ」
「ふーん、そういうことやったんね」
その時、その前のテーブルにソノちゃんが座っていた。
その人の噂話も終わり、話題はテレビドラマのことに移っていった。
「金妻面白いね」
「あれやろ。毎週見よるっちゃ」
その話題で盛り上がっている時、突然ソノちゃんが振り向いた。
「誰が?」
と言った。
一同「は?」
ぼくたちが呆気にとられていると、ソノちゃんはまた、「誰がね?」と言った。
「何のことですか?」
「ん?その別れた人のことたい」
その話が終わってから、もう2分ほど過ぎていた。

その会社は、毎日の売り上げに対して、かなり厳しい会社だった。
予算がいかない場合、最低でも前年金額はいっておかないと、日報提出時にかなり詰められ、帰りも遅くなる。
それが嫌だったので、ぼくたちは一生懸命接客をし、売り上げを上げるように努めた。
そういう中に、一人だけのほほんと一日を過ごしている人がいた。
ソノちゃんである。
当時ソノちゃんは、ぼくの担当していた楽器部門の隣にあった健康器具を担当をしていたのだが、いつもアンマイスに座って居眠りをしていた。
ところが、ソノちゃんは閉店間際になると動きが活発になった。
不思議と売上伝票を持って、レジの周りをウロウロしだすのだ。
日報には、その日の売り上げと、仕入れや返品の金額を書き込まなければならなかった。
ぼくたちが日報の作成をしていると、ソノちゃんの甲高い声が聞こえた。
「予算は10万、前年は9万、売り上げは11万、仕入れはジョロ、返品もジョロ。こんなもんたいのう」(ソノちゃんは「0」のことを「ジョロ」と言っていた)
しかし、お客の来ない売場で、どうして11万円も上がるのかわからなかった。
会議では、「ソノさんのところだけやなあ、毎日売り上げがいいのは」といつも褒められていた。
ソノちゃんは赤い顔をして照れていた。
しかし、売り上げというのは必ず波があるものである。
売り上げが毎日いいこと自体おかしかった。
とうとうメスが入ってしまった。
ソノちゃんが休みの日に、課長が健康売場の机の中をあら探しをした。
すると、架空の売上伝票が束になって出てきた。
その後、ソノちゃんは閑職に回されてしまった。

ソノちゃんは、よく奥さんや子供の自慢話をしていた。
ぼくたちが、「ソノさん、どうやって今の奥さんと知り合ったんですか?」と聞くと、ソノちゃんはよくぞ聞いてくれたとばかりに口を開いた。
「おれがあまりに結婚せんもんやけ、見かねた親父が、腰弁当下げて、『ほいほい』言うて自転車こいで、嫁を探しに行ったのう」
そう言って、身振り手振りで説明する姿がおかしかった。

社員は必ず、事務所を通って帰らなければならなかった。
その会社の社員通用門は事務所の横にあった。
別に事務所を通らなくても、倉庫を抜けて出入りが出来たのだが、事務所はガラス張りになっていたため、誰が出入りしたのかすぐに確認できた。
さて、帰る時にいつも店長たちに事務所で捕まる人がいた。
ソノちゃんである。
ソノちゃんはみんなが残業している時にも、抜け駆けして帰ることが多かった。
店長たちもそれを知っていたので、いつもソノちゃんが帰るのを見つけては、引き止めていたのである。
「ソノさん、昼間言うとった仕事は終わりましたか?」
「う、うん。終わった、終わった」
「じゃあ、いっしょに確認しに行きましょうか」
と売場に連れて行かれた。
もちろん、仕事は全然やっていない。
「何も出来てないじゃないですか。今日は我々は遅くなりますから、ゆっくりやって下さい」
ソノちゃんは、ブツブツ言いながら仕事をやっていた。

ある日のこと、ぼくが倉庫に行くと、そこにソノちゃんがいた。
かばんを持っていたので、「帰るのかな」と思って見ていると、急にかばんで顔を隠し、中腰になり、事務所のガラスの下の腰板のところに身を隠しながら、這うようにして外に出て行った。
その頃ソノちゃんはもう50歳近かった。
「いい歳してよくやるのう」と感心したものである。

ソノちゃんは、当時若い人ばかりいた職場の中では、異色の存在だった。
しかし、その生命力たるや、凄いものがあった。
転んでもただ起きない、という気迫に満ち溢れていた。
が、少し間抜けであった。


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