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ゆれるゆれる
by てんのー
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■この汚き世界
 本棚の前に立つといつも、どうしてこんなに汚いんだろうと思う。
 いや、こんなに汚いままにどうして放っておくんだろうと思う。
 じっくりねめつけるように眺めていくと、いつも吐き気がしてくる。どこの本屋を見ても同じように放っているところを見ると、僕の感性のほうがおかしいんだろう。そんなことよりもみんな、タイトル名を追うのに懸命だ。

 試しに一冊を抜きとって眺めると、上質の手触りのいい紙に、控えめの装丁画とタイトルなどが品よく配置されている。著者紹介の下のほうには誇らしげに装丁者の名前まで記されていて、自慢の商品であることが分かる。
 ふうん、と思い、もとの位置に戻す。
 収まった瞬間、それまでの品のよさそうな雰囲気は、途端に化粧が汗で崩れるようにだらしなく流れだし、青いのも赤いのも、感動「系」もハウトゥー本も平積みベストセラーも、目の前の本が全部一体となって、どれでもいいから買っていきなよ、兄さんも好きなんでしょ、ってな流し目を送り始める。

 人類よ、自由というのはこういうことか、と、チリガミコーカンの光景とさほど変わらない店内を見て、ふと思う。

 某国のマスゲーム映像を見るたびに、心有る知識人はつぶやくのだ、個性の抹殺。人間歯車。人民の抑圧。一糸乱れぬ群れを好むおぞましい独裁者。
 悲しいことに、俺たちは独裁者願望をみんな持っている。
 一糸乱れぬ動きというものに、快感を覚えるように出来ている。
 快感とは、例えば運動場の指揮者台の上で、前へ習え! と号令することである。
 また例えば、
「ではそろそろお友達を」
「エーッ」
という構図が毎日繰り広げられているのを当然だと思うことである。あのときのタモリの表情こそが僕たちのほんとうの顔である。

 本の羅列は汚い。
 言葉の羅列は汚い。
 エントロピーは増大し、あらゆる記号はその並び方において汚い。
 美しいのは一糸乱れぬもの、一糸乱れぬ状態を目指して動きつつあるもののことである。

 恥ずかしいこと、己の変質性に気付くのも、汚いことである。
 その自覚から何かが始まると考えるのは、ただの傲慢。
 美など、理解できる形では存在するはずがない。
 美しいもの、と人が言うものは、快感を覚えるもの、というものと同じことだ。

 美しい=快感という問題。そこにはpunctualityだけが介在する。




 自殺したある人の日記にことよせて。
07月22日(火)
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