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今日の私
by かずき
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■中川-楓、井上-明音。(敬称略)
ちょっと恐ろしい観劇量になっています。
そんなわけで、日記を書く余裕がありません(苦笑)
でも感想を書き留めておかないと忘れそうで、
それは すごーーーく勿体ないと思うので、書く。
特に井上ヴォルフは、恐ろしく前回(4〜6段落)と感想が違うので、
意地でも書いておかなくちゃいけない!と思うから。
でもすみません、箇条書きになってしまいます。
年明けにでも書き直せるといいなーと思いつつ。
・・・・・で、年賀状はいつ書くんだ?私(^^;

あ、そういえば。
中川晃教さん、芸術祭新人賞おめでとうございます〜♪
Niftyでは早速、インタビューを載せてくれてます。
こんなに納得できる新人賞って、初めて見たかも。
確かに、今だからできる!という感じの強い、
演技がどうこうというよりも、現在の彼の完璧な
ハマり役だとは思うけれど、素晴らしいのは事実。
心に響いてくる度では、新人に限らなくても今年最高くらいだし、
やっぱり、すごく、嬉しいですね。


<井上ヴォルフ>
・その辺にいる今どきの兄ちゃん。
「こんな奴に何故これほどの才能が!」という苛立ちを、
さぞ呼び起こさせるだろう、いいかげんな学生風。
シカネーダーたちと遊び回るのも、いかにも似合っている。

・音楽を愛していない感じがする。才能を大切にしない。
パパの言う「才能の浪費」感が、非常に強い。
片手で女を抱きながら片手で作曲できてしまいそう。
彼にとっての才能は、もともと自分にあるだけのものだから、
アマデも見えているだけで、その表情には全く頓着しない。
自尊心は高いけれど、自身の音楽への誇りではない。

・「父」の存在感が、あまりにも強い。
逃れたいと思う「影」とは父のことではないかと感じるほど。
享楽的に生きているはずのヴォルフが、父と別れた後から、
悪夢に悩まされるようになり(私が、仮面舞踏会を
夢だとハッキリ感じたのは、今回が初めて)
父の死を聞いた後には、父の教えが頭をグルグル回り、
初めてアマデ(音楽の才能)を見、少しずつ従うように変化。
遊び回っていたヴォルフが、才能に身を捧げようと考える時や、
その後、自分自身には何の価値があるのか、アマデと離れて
考えようとした時。それぞれの落差が激しいため、
「父」のヴォルフへの影響の強さが、非常によく分かる。
同時に、神秘主義への傾倒まで思い出させられた。

・ただ、彼自体は あまりに普通で才能を感じさせないので、
どうしても少し、観る側の想像力を必要とする感じがする。
「モーツァルトの音楽は神がかりに素晴らしい」という
基礎知識が実感されている人にとっては、ヴォルフを
取り巻く人々の苛立ちが、否が応でも共感させられるだろうが、
私などにとっての前半は「皆は何をマジになってるの?」状態。
最後に至ってもなお、彼自身は、作曲一つできない普通の人間。
自分と共にあった才能の本当の素晴らしさを実感すること自体が、
彼にとっての死への道だったという話なのだろうか。

・基本的に、物事を真面目に捉えない性格作りのため、
「レクイエム」を書き始めてからの変化が分かりやすい分、
その前の、母の死の後の♪残酷な人生や、1幕ラストの
♪影を逃れて に、若干 唐突さや軽さを感じた。
ただし、中川ヴォルフを観た直後だからかもしれない。


<明音アマデ>
・井上ヴォルフが、アマデの感情を ほとんど無視する
感じの演技だったため、あまり注意して見ていなかったが、
見る者の思いを映す感じの能面無表情だったはずなのに、
非常に多彩な表情を見せるように変わっていた。
「ヴォルフの心の投影」というようには、もはや全く見えない。
大体は、宿主が思うように動かない苛立ちと感じたと思う。

・なぜか分からないけれど、父との別れの後にいきなり
「アマデはヴォルフの大切なものを奪っていっている」と
感じた。♪乾杯ヴォルフガングで、コンスを見る目の憎悪を、
見たからかもしれないけれど、それは鶴岡アマデにもあった。

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12月17日(火)
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