ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7728, 閑話小題 〜50年近く以前に …知床の観光船に
* 何気なくTVのニュースをみると…
この数日、知床の観光船の沈没のニュースが引切り無しに、報じられいる。
40年ほど前、長男と、家内三人で北・北海道を中心にレンターカーでドライブ
旅行をした。当然、計画には知床のオフォーツクの海を船に乗るコースも入って
いた。記憶にあるのは、これ程、荒々しい観光船に乘ったのが初めてで、恐ろ
しくも面白い乗船だったこと。これが国内の大型旅行の打ち切りの旅であった。
その後は、世界の秘異郷ツアーに範囲を広がることになった。
北海道旅行は、学生時代に二度、結婚以来、家族旅行は二度。国内旅行は、
一応は行くべきところには、ほぼ行ってきた。家族と行く国内旅行では、この
旅がナンバーワンであった。学生時代の二度の北海道の旅より、家族と行った
旅の方が格段と旅行の味わいを感じることになった。
【 北海道・知床半島沖で観光船「KAZU I(カズワン)」(19トン)が
遭難した事故で、海上保安庁などは26日も捜索を続けた。
これまで乗船者26人のうち、子どもを含む11人の死亡を確認しており、
夜を徹して安否が分からない15人の発見を急いでいる。
船体は沈没した可能性が高く、ソナー(水中音波探知機)を使い海中も
捜している。同庁は、ロシアが実効支配する海域に捜索範囲が拡大する
可能性があることを同国側に通知し、了承を得た。】
――
▼ あの時の、スリルが、そのまま事故に繋がったかと、納得する。
世界は面白いが… 愉しめば!だが。運営サイドは、この不況の最中、
強引な船出も解らないでもない。観光船は味方のよれば‘箱物’。
翌日への持越しは不可能。何やら、内部の不穏な空気が伝わってくる。
・・・・・・
7378,閑話小題 〜「自信を持つ」ということ とは
2021年04月27日(火)
* そう簡単に自信など持ちようがない
10年前、会社清算をした時に、40年近くかけて積上げた自信が根底から
ぐらついたが、このブログと、日常の生活習慣が、崩壊を最小に保ってくれたが、
そこで、心の底の自己問答で自らの所業を自ら肯定するしかなかった。
最後は独りの自己問答の「日々、是、口実!」。他者が気になるのは、自信がない
ため、心底の自己問答をブログで、表明することが、まずは第一歩と。ところが、
慣れで、これが面白くなっていった。最後は「自信をいかに保つか!」にある。
自信は、自身とも重なる。即自たる自身を、対自が如何に扱うかの問題。
…ネットサーフィンで面白いのがあった…
≪ 自信、つまり自分を信じることとは、自分を(他人を好きになるように)
好きになることではなく、自分は(他人より)優れていると思うことでもなく、
自分の生き方を「信じる」という態度そのもののこと。
「信じる」とは、相対的・客観的なものではなく、絶対的・主観的なもの。
よって、正しいか否かは問題ではない。 むしろ、正当性を(他者によって/
本人によって)疑われた時にこそ、「信じること」が試される。
…噛み砕いていうと…
「信じる」とは、「正しいと思い込むこと」ではない。なぜなら、「正しい」
という概念そのものが相対的なもの、二元論的なもの(つまり「間違っている」と
いう相対する概念によって初めて成立する)だから。…ゆえに「正しい」あるいは
「間違っている」、「善い」あるいは「悪い」といった次元(二元論的世界観)では
なく、「(否定も肯定もせず)そういうものとして受け入れること」。それが、
「信じる」ということである。受け入れるというのは、「これでよいのだ」と
思い込むことではない。そのままを、ありのままを受けとるということである。≫
―
▼ 「群れていると、自身を持ちえない’ことが、そのまま書いてある。
群れにも様々あって、その質量により肯定も否定も可能になる。
‘自らの際’に出会ったことのない烏合の衆には、目立った人物が存在している。
それを見たら、即座に退席するしかない。自覚するか否か知らないが、二元論の自ら
の世界に…(他人に縛られ、自らを縛る世界に)…埋没するしかない!
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04月27日(水)
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