ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7317,閑話小題〜 『孤独論』ですか… 〜2
        < 『孤独論』 ―逃げよ、生きよ― 田中慎弥・著 >
 孤独といえば、ここで数多く書いてきた。20歳で創業・人生を思いたつと
同時に、その志は孤立、孤独の徹底を要すると…、群れを避ける人生を意味
するとしる。 20,30,40歳代は、面白いように世界が日ごと拡大する。
知っただけ知らないことが増加する、そこは暗黒の世界と同時に、己の卑小性
にぶち当たる。そこで、自己能力の設定を、その都度決めて、破壊していく。
その都度、孤独の問題に悩まされる。 後で考えてみれば、時系列に、日記を
書いておけばよかっただけのこと。 都会のど真中で、何処に属することなく、
何の手がかりなく、独り茫然とする『孤独』の味わいは何とも言えない味がする。
孤独こそが創造の原点になる。その辺りが曖昧にしておくと、後あと問題が出る。
人生75年、ここまでくると、孤独も、孤立もない。あるのは、諦念だけ。
過って『孤独』を書くにあたって、ネットサーフィンで、四体不自由な身体
障碍者のブログに行き付き、直に、簡単に孤独などを取り扱かおうとした自らに
恥じたもの。 この副題が<逃げよ、生きよ>だが、現実は「逃げられず、
生き辛い」のである。孤独は節目に直面する底冷えする感覚。そこから、出発
しないと、前向きになれない。群れる彼らは、その半ぱな連中の溜り場!

・・・・・・
6931,読書日記 〜快活こそ悟り! −7
2020年03月06日(金)
             <『老年を愉しむ10の発見』>
   * 老年論を人生論としてみると含蓄がある
 身近な人の死を凝視すると、「何だろう死ぬことは」に行きつくが、
そう簡単な答えなどあろう訳がない。それは「生きることは何だろう」に、
そのまま通じるからだ。 〜ここで著者が述べている… 
【すべての存在の意味は、『存在のあらゆる可能性を確かめつくすことかも
 しれない。それ以外の目的を持たずに、それを永遠に続けるのだ。そして、
このプロセスが何時か終わりに達したら、再び最初から始まる。 一人一人が、
一つ、もしくは2、3つの可能性を試すのだ。それ以上を試すには人間の人生は
短すぎる。「人が生きる」ということは、いわば「自然による夢のような発明」
とみなすことができる。…もしかしたら、バカげたことだが、それ故に、逆に
この見事なまでのバカげた例外的現象を享受し、その可能性を常に追求し続け、
その現実に関わっていくことが魅力的になる。】
 ―
▼ 結婚相手に… 職業選択に… そして趣味にもいえること。これは因縁と
 絡む。因が己の意志なら、縁は間接意志になり、その合意を一生を通して
享受する。当るも八卦、当らぬも八卦。‘2つ、3つの可能性’を如何に選択し、
集中するかである。そこに虫とモグラ観だけでなく、鳥瞰、魚観、蝙蝠観の
視点が必要となる。その幅が教養となる。老年に、その人が長年かけて培った
経験、知識を持って、行蔵と、世界を改めて見直す時節として改めてみると、
起承転結の「結」の「再生の時節」で、決して起承転転ではない。私たち凡人
には、2,3つしか因縁は与えられない。 それが、その人の人生となる。
 …老年は、人生の完成に向けて、新たな出発の時節、そのものとなる。
今さら、慌てても仕方がないが… 
〔 達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ 〕
 …としても、面白かった? まだまだ、足りない? 今さら遅すぎ?
今は、ネットがあって、解放(開放)もしてくれるが、束縛もする。
とすると、起承転々の方がよいのでは。 いや何方も同じですか。
 で偶然、脈絡として以下の内容に丁度良く繋がる… 面白いものである。

・・・・・・
6565,閑話小題 〜「空を飛びまわるにわとり」 ー2
2019年03月06日(水)
   * 世界の果ての空を飛びまわる、にわとり二羽
 4年前の2015年03月04日に(…後でコピー)
<5102,閑話小題 〜空を飛びまわるニワトリ>をテーマに書いた。
 これを改めて読返してみて、私のライフワーク「秘・異郷旅行」が、これで

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03月06日(土)
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